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Offshore
independent music, art, books and designs from Asia
アジアのインディペンデントカルチャー、音楽、本、デザイン、アートなど

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

JAMJAMラジオでかけた曲リンク集

大友良英さんのJAMJAMラジオ(KBS京都)に出演させて頂きました。3回出演し、それぞれ3曲ずつ紹介したので全9曲。放送が終わったのでPodcast版でトーク部分は聞けますが、音源は著作権の関係上抜けてしまうのです。
でも、この字面からまったく想像できない音をぜひご一聴頂ければと思い、ここに全9曲の楽曲リストを作成しておきます。ノイズで行こう!と、KBS京都に到着する前までは思っていたけれど、やっぱり自分がアジアに行って「面白いな」と思った音楽は一つの枠のなかにおさまらなかった、というわけです。

Podcast版はここで。
http://www.kbs-kyoto.co.jp/radio/jam/

Yan Junの過去と変化:Yan Junインタビュー


北京でYan Junと、ある芸大敷地内にある美術館の展示を一緒に見に行ってから、芸大生が通う麺料理屋で遅い昼食をとった。兼ねてからYan Junには「インタビューさせてくれ」と申し込んでいたので、この機会にと、Yan Junの了承を得て録音ボタンを押した。ひとつひとつの会話が面白いYan Junは、(実際は彼が英語で話すともっと面白いのだが、ここでは日本語に訳してしまっているので彼のユーモアが100%表現できていない事は残念であり、申し訳ない。)インタビューとなるとどういった会話を繰り広げるのか、と、少し楽しみに、少し緊張していた。もしかしたら、私がどんどん質問をふっかけていったほうがいいのかもしれない、と。しかし、Yan Junは、最初から最後まで、ずっとしゃべっていた。私が聞いていない事も、いろいろと語ってくれた。自分の過去についても、少し寂しそうにしながらも、ユーモアを交えて話してくれた。「もう過去を忘れてほしい」と話したYan Junの過去を、ここで私が晒すことは彼にとってどうなのか。ただ、彼が話したストーリーは、今の中国“ロック”シーンを理解する上で面白い話であると、私は思う。それに、彼は「俺にはシークレットはないからそのまま書いていいよ。」とも言ってくれた。



・・・レストランに入りながら

俺は音楽をやってる。「サウンドアートをやってる人」って言われたくないなあ。俺のやってる音楽はサウンドアートじゃなくて、ただの「サウンド」。

──ただ、Yan Junは北京でアート界隈の人なのかと思ってた。

ここに住んで長いからアート界隈にも知り合いはいるけどね。

──北京に住んで何年?あと、なんで北京に住むことにしたの?

15年前に引っ越してきた。今41歳だから、27歳ぐらいの時かな。

Offshore山本の香港Occupy日記

雨傘運動のシンボルの一つとなった黄色いリボンになぞらえて、黄色に塗られた道路標示の漢字の一部。金鐘Occupyにて

9月後半から大規模な展開を見せた香港雨傘運動。昨日2014年12月11日の夜、いったん占拠活動は強制撤去により収束した。(しかし、ここを区切りとして自主的に退去した者も多いようだ。)10月23日から12月4日、私は約1ヶ月半かけてアジアを巡った。最後の約1週間は香港に滞在していた。雨傘運動について分析する記事は、政治ジャーナリストの方々にお任せしたい。ここでは、私が毎日書き留めていた日記の中から、雨傘運動に関連する記述のある部分のみを抜粋して公開する。また、撮影してきた写真も、キャプションを交えながら紹介したい。



11月25日(火) 香港到着・旺角Occupy最終夜

やっと香港へ着いた。安堵感。空港内の行き先表示看板に、見慣れた繁体字明朝体。それを見て、心の底からほっとする。勝手知ったる香港だ。まず向かうのはレコード屋のWhite Noise Records。いちいち道を調べなくても場所を覚えている。いつも乗るA21という番号のバス乗り場に向かうが、大行列が出来ており、1本逃す。どうやら9月後半から大々的に始まったOccupyの影響で、ネーザンロードを通っていたA21バスは、一本西側を並行して走る上海街を通るようになってるらしい。今もネーザンロードの旺角周辺はデモ隊に占領されているはずだ。早く街の様子が見たい。香港の空港から市内へ向かうバスではWi-Fiが使える。Wi-Fiを使って、White Noise Recordsのマネージャーで、私の香港の親友、Garyとチャットで話す。「そのバス、たぶん、うちの店の下に着くよ」とGary。太子駅から一番近いバス停で降りると、まさに、Garyの店の下に到着した。なんて便利なんだ。笑ってしまった。Occupy、ありがとう。階段を上りWhite Noise Recordsのドアを開ける。久々の、Garyとの再会。店内の西側、一面ガラスの窓から下を覗くと、2階建てのバスがビュンビュンと上海街を通っている。エンジン音が凄まじい。南向き一方通行でいつもは夜になると静かな上海街が、まるでネーザンロードだ。歩いている人も多い。まずはGaryと一緒に晩ご飯を食べてから、Occupy旺角を見物しに行く。封鎖されたネーザンロード。最前線の近くまで行くが、一番前線までは見えなかった。人が多い。

シンガポールの実験音楽家バニ・ハイカル氏インタビュー

2012年〜2013年頃にシンガポールのエクスペリメンタル・ロックバンドThe Observatoryのドラマーであったバニ・ハイカル(Bani Haykal)は、現在ソロの音楽家・アーティストとして活躍しつづけている。現在はドラム、ギター、ヴォーカルを主な楽器として用いており、ときたま現れる彼のリリックはダイレクトな風刺表現を含みながらも、シリアスにならずにユーモアに溢れている。今回はシンガポールで開催された実験音楽ショウケース『CHOPPA』の翌日にインタビューを行なった。どのアクトも演奏前と演奏後には拍手と歓声で多いに盛り上がっていたイベントだったが、ハイカルとイラによるパフォーマンスは強烈で、より大きな歓声で会場が包まれた。社会や政治、歴史について熟考しながら、それを表現のエッセンスとして加えていく彼のイントロダクションとして、ここにインタビューを掲載する。


※CHOPPA……2014年11月15日(土)にシンガポールArtistryで開催された、Darren Moore氏による実験音楽&パフォーマンスイベント。
https://www.facebook.com/events/1496806667263876/


──小さい頃からアーティストになりたかったの?

いや、思ってなかった。実際のところ、自分でもどうやってアーティストになったのか、よくわかってなくて。でも、小さい頃は絵を描くこと、本を読むことが大好きでした。たぶん創作の原体験は、自分で自分のオモチャをつくっていたこと。テレビを見ていて、テレビに面白そうなおもちゃが映ってた。それを買うお金がないから、自分で紙に絵を描いて、ハサミで切って、似たようなものを作ってましたね。少し大きくなると、ゲームも自分で自作してました。4人ぐらいで遊べるゲームを考えて、ルールを冊子にして。当時は音楽に特別な興味をもっていませんでしたが、自分の遊びは自分で作って育ってきましたね。

【Report】バンコク実験音楽イベント『DRIFT』に行ってきた


バンコクの暑さと朗らかな人柄、いまだ発展し続ける経済と政治不安、そのような要素をひとつずつ揃えていくと、この土地で、じっくり聴く静かなノイズ、フィールドレコーディング、即興演奏などはなかなか根付かないのかもしれない。しかし前回の記事でお伝えしたように、ごく一部、メロディもリズムもない変わった音楽をこの地に根付かせようとしている音楽家は、少なくとも存在する。