event:Yuen Chee Wai & 大城真 Live in Okinawa

シンガポールよりYuen Chee Wai、東京より大城真を沖縄に迎えて、ライブおよびトークイベントを行います。

2016年12月28日(水)
PM8:00 open
PM8:30 start

Yuen Chee Wai & 大城真 Live in Okinawa

2500円+ドリンクオーダー

会場:groove
沖縄県浦添市勢理客 2-18-10 B1F
tel. (098)879-4977

出演:
Yuen Chee Wai + 上地gacha一也
大城真 + 吉濱翔
波平雄太

企画:Offshore

問い合わせ
Offshore info.offshoremcc@gmail.com

+++++++++++
関連トークイベント
「実験的音楽とアートの状況~シンガポール、台湾、世界」
12月29日(木)
PM 7:30 - 9:30

Yuen Chee Wai
大城真
聞き手:山本佳奈子(Offshore)

入場料:500円 ※当日券のみ

会場:tomari
※駐車場はありません。近隣のコインパーキングをご利用ください。
沖縄県那覇市泊3-4-13

企画:Offshore

問い合わせ
Offshore info.offshoremcc@gmail.com

実験的な音楽、サウンド・アートの分野で活動するYuen Chee Waiと大城真を招き、現在の世界各地の状況について紹介するトークイベントを行ないます。Yuen Chee Waiには主に拠点としているシンガポールの状況を。大城真には、2016年に滞在制作を行なった台湾での状況と世界各地でのライブツアーでの体験を聞きます。






Yuen Chee Wai - ユエン・チーワイ(シンガポール)
シンガポール在住の音楽家、サウンド・アーティスト。シンガポール国内外で幅広く演奏活動や展示などを行っている。哲学や文学、映画、カルチュラル・スタディーズへの強い関心から、チーワイの作品には、文献に基づくアイデアやコンセプトを記憶・喪失・不可視性といったテーマに融合させた表現が見られる。大友良英 (日本)、リュウ・ハンキル (韓国)、ヤン・ジュン (中国)と結成した「FEN」(Far East Network)のメンバー。また、シンガポールの前衛的・実験的ロックバンド「The Observatory 」のメンバーでもある。Ensembles Asia / Asian Music Networkの共同ディレクターであり、Asian Music Festivalを毎年開催。東南アジアにおいて確かな接点をもち、東南アジアと世界のアーティストによる多くの新しいコラボレーションの橋渡し役となっている。

大城真
音を出すために自作した道具、または手を加えた既製品を使ってライブパフォーマンスを行う。またそれと平行して音や光の干渉に着目したインスタレーション作品を発表している。近年は川口貴大、矢代諭史とのユニット”夏の大△”としても活動している。
CD等のリリースに”夏の大△”(DVD、2013、DECOY)、 ”Unellion/Variation”(LP、2013、円盤)”Phenomenal World”(CD、2014,hitorri)、”Airs”(CD、2014、845 Audio)、Live at Ftarri(CD、2016、meenna)。
主なイベント、展覧会に”夏の大△”(2010、大阪 梅香堂)、”Mono-beat cinema”(2010、東京 ICC)、Multipletap(2014、ロンドン Cafe OTO)、Festival Bo:m(2014、ソウル Seoul Art Space Mullae)、"Strings"(2014、東京 space dike)、”現実のたてる音”(2015、京都 Artzone)等。

上地gacha一也
1968年沖縄生まれ。ベーシスト。ジャズ、フリージャズ、ロック、ポップス、ブルース、即興音楽など、様々な沖縄周辺のミュージシャンとのセッションを行なっている。特に即興音楽においては、沖縄県内の即興演奏家を集めたイベントを自身の経営するライブハウス『Groove』で定期的に開催。世界各地から前衛音楽家が彼のもとに訪れ、Grooveの歩みとともに、沖縄アンダーグラウンド、沖縄前衛音楽を担ってきたベーシストである。2005年に結成したフリージャズ集団”勢理客オーケストラ”ではバンドマスターを務める。”Shaolong To The Sky”、”マルチーズロック”などにも参加。

波平雄太
ギタリスト。琉球大学ジャズ研時代から本格的にライブ活動をスタートし、数々のバンドやセッションに参加。2005年頃よりソロでの即興演奏も始める。演奏活動のほか、コミュニティfm「タイフーンfm」のジングルの制作や、沖縄音楽界・戦後最大の作曲家:普久原恒勇トリビュートCD『普久原メロディー』の制作にも関わるなど、作曲やアレンジ、プロデュースなども手掛ける。現在は、“メガネストラトス”、“勢理客オーケストラ”、“Ascention”など、様々なジャンルのバンドにて活動中。

吉濱翔
1985年沖縄生まれ。インプロヴィゼーションと社会的なコンテクストをベースとした音楽・美術活動を行う。さまざまな日用品を使用し集団演奏を行うプロジェクト「びおんオーケストラ」や、フィールドレコーディングで集められた音などを使用してmax/mspでの即興演奏などを行う。2012年トーキョーエクスペリメンタルフェスティバルにて奨励賞受賞。セッションするように、石川竜一らと「野生派」、増本泰斗と「bar spiritual fitness」などグループワークも多数展開。
Continue Reading

topics: 韓国ドキュメンタリー映画『パーティー51』自主上映緊急募集

現在の韓国情勢を鑑みて、映画『パーティー51』の緊急上映企画を行います。
上映方法は、自主上映。ご興味ある方、ぜひあなたのまちで、上映してみませんか?

©51+ film




パーティー51 映画情報
http://www.offshore-mcc.net/p/party51.html



上映にかかるルールは以下の通りです。

上映料金:チケット売上(動員数×チケット代)金額の30%
上映期間:2016年11月14日(月)〜2017年1月31日(火)まで
上映メディア:DVD(Offshore山本より送付します。送料は上映担当者の方でご負担ください。)
上映料金:1000円(税込)以上であれば自由に設定していただけます。
上映場所:会場の種類は問いませんが、不特定多数の人が訪れることのできる公開された空間で上映してください。

※なお、なるべく多くの地域で上映していただくため、上映をご希望される方1組で1回の上映とさせていただきます。


上映の手順:
・上映希望日を第2候補まで info.offshoremcc@gmail.com へおしらせください。
・他の上映希望者と日程を調整して、希望日に沿えるかどうかご連絡します。
・上映場所、時間、チケット料金や定員数など、詳細を決定してください。Offshoreでも宣伝します。
・DVDは上映日前日までにお送りします。必ず上映時に使用するプレーヤーで上映ができるかチェックしてください。
・上映終了後、チケット売上金額をお知らせいただき、DVDを返送してください。
※別の上映会場へ送っていただく場合もあります。
・上映終了後、1週間以内にチケット売上金額の30%をお振り込みください。


:::緊急自主上映スケジュール:::(11/29up)
・11/28(月) 沖縄県那覇市3-4-13 tomari (20:00上映開始)
料金:1000円 ※当日券のみ、定員20名、先着順
https://www.facebook.com/events/250012862080957/

・12/17(土) 北九州市小倉北区鍛冶町1-8-23 2F ギャラリーソープ(19:00上映開始)
料金:¥1000+ワンドリンク¥500
https://www.facebook.com/events/717808581716654/

・1/8(日) 兵庫県姫路市本町68 Quiet Holiday(14:30上映開始)
料金: 1000円+1ドリンク / 当日券のみ。先着順
https://www.facebook.com/events/840203806122036/

・1/15(日) 富山県射水市戸破6360 アトリエ セーベー@LETTER (14:00上映開始)
料金:1000円+飲み物代300円 ※座席数15 要予約(saluuut@icloud.com)

・1/24(火) 愛媛県松山市湊町3-1-9 マツゲキビル2F シネマルナティック(19:00上映開始)
料金: 前売1,000円/当日1,200円(お問い合わせ&前売:chobikov.eiga@gmail.com(米子))



まだまだ受け付けております!


──
11月13日現在、パク・クネ大統領の友人国政介入疑惑にもとづき多数の人がソウル市内でデモを起こしています。映画『パーティー51』は、2009年〜2012年の頃に撮影されました。エンドロールは、“大統領選挙速報を中継しながらライブイベントを行なっていて、パク・クネ大統領が勝った瞬間にミュージシャン達は落胆。それと同時に、中継を映していたPCがクラッシュしエラー画面になる”というシーンでした。
現在の韓国の状況は、ニュースで追っていただくことが一番早いですが、数年前、現地のミュージシャン達はどういった行動を起こしどういった問題意識を持っていたのか。過去のソウルの状況を伝える『パーティー51』は、今の韓国を考えるうえで少しヒントになりそうです。また、行動を起こした音楽家たちの記録は、あれからさらに波乱を迎えた国際情勢において、私たちに勇気を与えてくれます。
この機会に、『パーティー51』自主上映にかかる金額を期間限定で低価格に設定します。小さなグループや小さな町でも、この映画をご覧いただく機会をつくれればと思います。
自分が生きる場所と社会と政治。さらにそこで生き抜く表現者。発展の先に現れたこの現代社会で、様々な対話が生まれてほしいです。
──11月13日 山本佳奈子(Offshore)



ご不明な点がありましたら、Offshore 山本佳奈子(info.offshoremcc@gmail.com)までお問い合わせください。
Continue Reading

サウンドアーティスト Fiona Lee(李穎姍)インタビュー

 香港には多くの芸術系学校があり、たくさんの若い作家志望者がいる。ただ、彼らが展示やイベントの形態で表現をしようと思ったときにいくつか障壁があるように思える。例えば、べらぼうに高い家賃。潤沢な資金がなければ、ギャラリーやスペースはなかなか続かない。街の移り変わりは激しい。ちなみに2014年の頃、油麻地の裏通りにあるとある友人のお店が、たった20平米ほどなのに家賃が20万円程度と聞いて驚愕したことがある。また、アジアのハブ拠点香港には、海外から多くのトップアーティストがひっきりなしにやってくる。ローカルを支える芸術愛好家は少なく、オルタナティブな若手芸術家の表現をする場があったとしても、集客に苦労するようだ。
 2011年、最初に香港を訪れてから、いろいろなミュージシャン、アーティスト、クリエイターと会ってきたが、香港で何かを続けることは、作品を産み出すことと同じぐらい難しそうだ。2011年当時、作家やミュージシャンであった人の一部は、音楽や芸術の現場をすでに離れている。
 今回インタビューをとったFiona Leeは、私が2011年、最初に香港に訪れた時に作品を観たアーティストだ。当時、ifvaというインディペンデント・フィルム・フェスティバルのメディアアート部門で展示していたFiona Leeの作品が何か気になり、彼女の名前をメモに留めていた。あれから5年、彼女は地道に活動を続けている。香港では、芸術大学で働きながら小さな現場での演奏活動やインスタレーションも行なっている。
 香港のバンドtfvsjsが運営するレストラン『談風:vs:再說』で彼女と待ち合わせて、彼女の表現や今の考えについて聞いてみた。感じている事をストレートに、迷いのない様子で話してくれるFiona。インタビュー後にいただいた彼女の新作音源『walking in a daze』は、とても気持ちのよい柔らかいノイズ音が重なっていて、愛聴盤となっている。



──Asian Meeting Festival 2016への出演は、どうでしたか?

とても個性的なパフォーマンスをする人たちに会うことができました。あるインドネシアのノイズ演奏家に聞いた、インドネシアで彼が行なっていることは衝撃でしたね。街の、パブリックなスペースで、ノイズや即興音楽の演奏をやると言ってました。彼はサウンドシステムを持っていて、ノイズを演奏したい人に自由に使わせていると。少しだけドネーションとしてサウンドシステムの維持費をもらうようですが、次世代に繋ぐという意味で、10代や若い世代で演奏してみたいと思っている人にはとても良い状況だと思います。香港では、こういった音楽に理解のある場所がなかなかありません。もし誰かサウンドシステムを持っていたとしても、お金をもらって貸しています。また、そのインドネシアのノイズ演奏家は、公園でノイズのライブをやることもあると言ってました。驚きましたね。また、マレーシアのYong Yandsenも非常に面白いキャラクターでした。彼はマレーシアで、自らオーガナイズイベントをたくさん行っています。アーティスト同士が互いに情報交換をできて、それぞれの地域の状況を良く知ることができました。

──香港のサウンドアーティストは、大学や芸術系の学校で働いている人が多いですね。

dj sniffは確かに、彼の作家活動とは別で、大学で教えています。でも例えば最近、Samson Youngという香港のサウンドアーティストがとても有名になりました。去年のART BASEL香港で賞をとったんです。彼も香港城市大学 School of Creative Mediaで教えていましたが、大学を辞めてアーティスト活動のみでやっていくそうです。また、私の友人でWong Chun Hoiというサウンドアーティストがいますが、彼は私も参加した「アートキャンプあみの」で共同キュレーターを務めていました。彼は今、香港島の南側にある工業街にできた新しいスペース「Floating Projects」のマネージャーとして働きながらアーティストとして活動しています。即興音楽やサウンドアート、パフォーマンスアートなど、あらゆるイベントの制作をしています。


據點空間壓力測試 0.04 – floating projects Spatial Pressure Calibration 0.04 - Fiona Lee from Floating Projects on Vimeo.

Floating Projectsにて


──Fionaも今は学校で働いているんですか?

はい、香港城市大学 School of Creative MediaのLinda Lai氏のもとでリサーチアシスタントをやっています。次の6月中旬に一度契約が切れるのですが、もう一度契約して、もっとリサーチや企画に時間をかけたいと思っています。あと、香港は年々物価が上昇していてパートタイムでは厳しくなってきているので、フルタイムでリサーチアシスタントとして再契約しようと計画しています。

──FionaもSchool of Creative Media出身なんですよね。良い学校でしたか?

私にとっては、可能性を広げてくれる場で、自分の作家活動において重要なことを学びました。また、私が卒業してからdj sniffがSchool of Creative Mediaで教えるようになったんですが、彼は世界から素晴らしいミュージシャンやアーティストを大学に呼んでコンサートやレクチャーを行っていました。普段香港では観ることができないアーティストを観て、とても刺激を受けました。ですが、School of Creative Mediaの予算の関係上、今はコンサートや展示に割く予算がないそうで、とても残念です。そういえば、ここのレストランでも、dj sniffと一緒に演奏しましたよ。

──このレストランで?

そう、定期的にこの観塘エリアで行なっている『牛遊』というイベントがあります。このエリアには、アーティストのスタジオが多いんです。『牛遊』が行われる週末の1日だけ、一部のスタジオが開放されて気軽に見に行くことができるんです。一般の人も、このエリアのアーティストコミュニティを知ることができる面白いイベントです。このレストランはtfvsjsというバンドのメンバーたちが運営していますが、『牛遊』の際にメンバーのAdonianが即興演奏のコンサートをここで開催しました。そのコンサートがとても面白かったです。dj sniffと私と、もう一人コントラバスの演奏家で3人で即興演奏しました。

──3人とも香港拠点のミュージシャンだったんですね。

はい、3人とも香港拠点のアーティストですが、観客がいつもとは全く違いました。香港では、ノイズや即興演奏などのライブにはだいたい同じ客層が観にきます。でもここでの『牛遊』コンサートの時は、まさに今周りのテーブルにいるような一般の人たちが観に来ていたんです。(周りのテーブルには、仕事帰りのサラリーマンと思われる40代~50代、また、流行りのカフェやお店に敏感そうな20代~30代、バンド系の音楽が好きそうな若者など、幅広い客層がいた。)お客さんを見て驚きました。うわ、どうしよう、って。演奏することにちょっと心配にもなったんです。私の出す音は、ノイズ音楽やサウンドアートに慣れ親しんでいない人たちにとっては耳障りかもしれないと。でも一部、ノイズやオルタナティブな音楽を聴いているような層もいました。なので、気にせず自分の演奏をして楽しんだのですが、よりオープンな気持ちで演奏できました。こういった音を普段聴き慣れていない人にとっては貴重な体験になったと思います。そのときからAdonianは、こういったオルタナティブな音楽のイベントを行うことに積極的でいてくれてます。コンサートは投げ銭で行われて、たくさんもらえたわけではないですが、自分にとってとても良い経験になりました。食事、ビール、またバンド系の音楽に興味のある人。普段とは違う層の人が来るこの場で演奏することで、ノイズのような音楽を知ってもらう機会になったと思います。


dropping from 14/F to G/f (a part of the performance) 1 from Fiona Lee on Vimeo.

香港の書店Acoにて開催されたイベントでのFiona Leeによるインスタレーション。

──香港にはサウンドアートの団体でsoundpocketがありますが、Fionaもメンバーですか?

私はメンバーではありませんが、良く協働しています。彼らも私を何度もサポートしてくれていますし、私も何度も彼らの活動に参加してサポートしています。大学を卒業してすぐ、soundpocketが香港のNPO団体Oxfamと開催した中高生のためのサウンドウォーク・ワークショップを私も手伝いました。街の音を聴くワークショップだったのですが、中高生たちとウォーキングの後にディスカッションして、香港での街の再開発について話し合いました。音を用いた良い教育プログラムでした。また、パフォーマンスでsoundpocketに招待してもらうこともあり、とても良い関係で付き合っています。

──どういうきっかけでサウンドアートを始めたのですか?

真剣に取り組み始めたのは、School of Creative Media在学中に、電球を使ったインスタレーションプロジェクトを行なったときからです。5、6年前です。昔はサウンドアートやノイズのような音楽にさほど興味を持っていなかったのですが、そのプロジェクトをきっかけに、より良い表現にしようと研究を重ねてきました。School of Creative Mediaではサウンドアートの歴史についても学んでいましたが、先生であったフランス人アーティストCédric Maridetには影響を受けましたね。授業には実はあまり出席していなかったのですが(笑)。あるとき、ソフトウェアを使った作品をつくっていて、展示の際に電球を使ったんです。そのときに、「この電球からも音は出ていますか?」とCédric先生に聞いてみたら、「ああ、それは、ぜひ聴いてみなさい」と言われました。確認すると、確かに音が出ていた。それをきっかけに、電球から出る電気の音をどう録音するか、どう拾うかに着眼していきました。あとは、自分でGoogleやYouTubeで調べて、また、他のアーティストからも学んでいきました。音にこだわりはじめたのは、その電球の音に出会ったときからです。また、soundpocketのプロジェクトでは、梅田哲也さんのアシスタントを担当したこともあり、梅田さん含め多くのアーティストから様々な表現方法を学んでいます。

──サウンドアートと音楽の境目は曖昧だと思っているのですが、Fionaは自分がどちらに立っていると思いますか?

Asian Meeting Festivalに出演したとき、ちょっと困惑したんです。今まで、あんなにたくさんの人たちと即興演奏したことがない。だいたい即興演奏するときは、いつも2人か3人ぐらいでの演奏です。他の一部の参加ミュージシャンも、同じ気持ちを持っていたそうです。どう自分をここで表現しようかと。そういう話をしていたときに、同じく参加していたミュージシャンと「自分をミュージシャンと定義するか、サウンドアーティストと定義するか」というような話になりました。私の場合は、音楽としての練習や習得をしていないので、自分をミュージシャンとは言えないと思っています。子供のときにピアノを習っていましたが、ピアノのテストが大嫌いで(笑)、辞めてからはピアノを弾いていません。サウンドアート、サウンドについてのほうが音楽よりもよく知っていますし、作品の素材として用いています。スケールもメロディもなくて、自分にとってはそのほうがパフォーマンスしやすくて上手くできる。だから、私はサウンドアート側にいると思います。

──私はどちらかというと音楽の仕事をしてきた側で、逆にサウンドアートについてあまり知識はないのです。ただ、それでもサウンドアートのパフォーマンスや展示、音源を聴いて、単純に、「これは気持ち良い音」と思ったりする。その裏側でアーティストが考えたコンテキストを考えずに、感覚で好きになったりします。

伊東篤宏さんに聞いたことがあるのですが、伊東さんは昔はどちらかというとサウンドアート側にいた人だったと思います。でも、今はミュージシャンのように活動している。伊東さんは、長いあいだ蛍光灯を使ってノイズを鳴らして、まるで蛍光灯が楽器に見えるような演奏をしています。伊東さんにコントロールされた蛍光灯は、楽器としてしっかり機能している。楽器で作られる音だから「音楽」なのではないかと。いろいろ考えはありますが、これも一つの考え方ですよね。


catch the wings of meteors from Fiona Lee on Vimeo.



Fiona Lee、レストラン「談風:vs:再說」にて

Fiona Lee(李穎姍 - フィオナ・リー)・・・
香港を拠点に活動するアーティスト。インスタレーションとパフォーマンスの中間点で表現する。日常生活のある瞬間やある感覚から創作へのインスピレーションを受けている。最近の作品では、周波数と電磁波の関係に着目している。
http://fionaobscura.com/



インタビュー・構成:山本佳奈子
2016年4月22日、香港にて
Continue Reading

Ahkokに聞く、雨傘運動のその後

 Ahkok Wongに初めて出会ったのは、いつ、どこだったのか。おそらく知り合ってからもう4年ほど経つ。香港のライブハウスHidden Agendaのスタッフであった彼は、以前Offshoreで上映したドキュメンタリー 映画『Hidden Agend the Movie』にも登場していて、行政や警察とのやり取りは彼が行っていた。その後彼は、インディペンデントアーティストのスタジオが多くHidden Agendaも位置する観塘地区を離れ、香港の郊外に暮らしている。

 新界(New Territory)の元朗区。地図で見ると、「こんなに遠いところにAhkokは住んでいるのか」と驚いたが、旺角から地下鉄で向かうと驚くほど近かった。香港ではいつも九龍地区か香港島の北部しか歩いておらず、狭い香港の中でもあまりに狭い部分しか自分が往来できていなかったことに気づく。

 私にとっては、あの雨傘運動の後半に訪れた以来の香港訪問。(Offshore山本の香港Occupy日記
若いアーティストやクリエイターが積極的に参加したあの運動。大きなムーヴメントの末に、彼らの要求は政府に受け入れられなかった。その後のSNSやインターネットを観察していると、絶望のようなものが香港を包んでいるような感覚があった。あれほど、政治について社会について話すことが大好きだった香港の友人たちが、あまり言及しなくなっている。もしかするとその要因のひとつには、あのムーヴメントの最中のSNS疲れもあるのかもしれないけれど。
 私は広東語を話せないので、香港の人たちひとりひとりの考えを知ることができないが、今の香港における政治・社会的な動きのどこか冷ややかな感じは一体何なのか。少しでも知ることができればと思い、Ahkokに会いに行った。Ahkokの現在の拠点、のどかな自然が魅力的な錦上路駅からスタートして、ランチと約3時間におよぶ散歩でじっくり話してきた。その会話の中の一部分をインタビューとして公開する。

Ahkok Wong(黃津珏 - アコック・ウォン)
音楽家、ライター、批評家、文化芸術研究家、アクティビスト。1980年生まれ。いくつかのバンドでのギタリストを経て、現在はソロで活動。ライター、批評家としては、あらゆるメディアにおいて、芸術、政治、社会、アクティビズムなど様々なトピックで寄稿してきた。アートと社会をむすぶギャラリー空間「活化廳(Wooferten)」にも積極的に関わってきた。観塘地区で約5年前に保護された猫「烏冬(Woodun:ウドン)」の飼い主でもある。




──どうしてこのあたりに引っ越してきたの?

観塘にあったスタジオを手放してから、どこに移り住もうかと考えていた。その頃は、この辺りで畑を借りていて何度も来ていた地区だから、ここに住んでみようと思った。たまにこの辺は牛も歩いているようなところだよ。

──まだ畑は続けてるの?

いや。こっちに引っ越してきてから辞めちゃった。特に理由はないから情けないんだけど……。畑って、たぶん向いてる性格と向いてない性格があって、好きな人は植物や作物が育っていくのが楽しいんだよね。でも僕はいろいろやることが多すぎて畑に時間を割けなくなっちゃった。

──今も大学で働いてる?

うん。今は2つの大学で働いてる。一つはLingnan Universityで、もうひとつはHong Kong Baptist Universityで。

──何を教えてるの?

Lingnanでは、カルチュラル・スタディーズを教えてる。Baptistでは、フィールドレコーディングやサウンドスケープに関して教えてます。特に香港の都市のサウンドスケープを授業で取り上げていて、香港の文化を都市の音から読み取って、どの音に焦点をあてるか、どの音をそこから抜き出すか、など、授業では学生と一緒に考えてる。

──例えば、道路や公共交通機関の音?

そう、ある視点ではそういったものを取り上げるし、香港独自の文化についても考える。例えば、このあたりの小さな町には、録音や採譜されてない民謡のような歌があって、学校などでは教えてもらえない歌。もしその歌い手がみんな亡くなってしまったら、もうその歌は消えちゃう。だから録音として残そうとも考えてたり。

──その歌は町ごとに違う?

うん。町ごとに違う。香港の都市に住む人たちは便利で現代的なものが好きだけど、こういう小さな町では、独自の文化を守ろうとする動きもある。

──Lingnanで教えてるカルチュラル・スタディーズって、具体的にどういう内容?

カルチュラル・スタディーズの授業では、ポップカルチャーにまつわること何でも教えてるかな。なぜ楽しめるのか、あと文化のもつ力。イデオロギーとか。

──大学で教えるのは楽しい?

Lingnanのほうが教えてて楽しいかな。Lingnanは香港ではそんなに有名大学ではなくて、だから学生たちも勉強ばかりになっていない。より生き生きしてる。あとアクティビストになる子も多くて、Lingnanはアクティビストを生む学校、って有名だよ。

──雨傘運動の後から?

いや、もっと前から。

──Baptistはそうでもないの?

Baptistは、大学のレベルランキングを上げようとしてる。だから、授業も本当は英語で進めないといけないっていうルールなんだけど僕は広東語で教えてて(笑)。学生の中には英語がそんなに得意じゃない子もいてて、彼らが授業中に発言しづらくなるから。





──雨傘運動のあと、香港はどう?

雨傘運動の後、雨傘運動について書かれた本がたくさん出版された。写真集も合わせると、30以上の出版物が出たと思う。あの運動で僕たちがどういう行動を起こすべきだったか、今後どうするべきか、現場に即した批評をしている本はない。多くが懐古主義に陥っていると思う。

──「私たちはこの素晴らしい運動に参加していた」みたいな陶酔?

そう。ノスタルジア。台湾ではひまわり運動のあと、一部の学者がかなり早い段階で運動を振り返った。まずかった点、良かった点を批評した。また、模範となる社会の草の根運動もあった。香港はそういかなかった。香港では冷静に批評するまでには至らなくて、むしろ批評は誰かを攻撃することだと捉えられている。でもそれは違う。香港はあの雨傘運動を解釈することにもっと時間がかかると思う。

──雨傘運動、あと先日の旧正月の魚蛋革命を経て、がっかりしてる?
魚蛋革命・・・香港で2016年2月、旧正月に起こった暴力的な運動。旧正月に出る魚蛋(魚のつみれ)屋台を取り締まった警官と、暴徒化した民衆との旺角あたりを中心とするぶつかり合い。
参考記事:香港で起こった「革命」はなぜ市民の支持を失ったか|ニューズウィーク日本版
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/02/post-4518.php

いや、複雑な気持ちではある。ただ、今の実情を把握できた。避けて通るべきじゃないと思ってる。これが今の香港の現状だとわかったから、まず僕たち香港の人たちができることは、おそらくもっと会話を積み上げていくことだと思う。政治に対する違った考えを知って、右も左も分析した上で同じ場に座ってディスカッションすること。

あと、雨傘運動についてはたくさんの英字新聞や海外メディアで取り上げられたけど、香港の状況を的確に報道しているものはなかった。あの運動を理解するには、まずは香港に住み香港を理解して広東語も話せないと厳しい。とにかく広東語を知らなければ、本当にあの運動の深い論点はわからない。

──うん、旺角オキュパイの最終日に旺角にいたけど、確かに本当に広東語がわからなければ何が起こっているのかわからない状況だった。オキュパイに参加している人にもいろんな考えがあるんだということは雰囲気でわかったけど、具体的に何を話しているのかわからないと理解できない。あと歴史も勉強しないと到底わからない。

まず知るべきなのは、あの運動は中国政府に反対する意味で行なっていたものではなかったということ。もっと複雑。運動に参加している人みんなが少しずつ違う考えを持っていた。

──日本の報道でも、中国政府に反対するデモ隊が、という風な解説が見られたけど、そういう運動ではなかったよね。まず、あれは行政長官を選ぶ投票制度が引き金だったはず。

僕が恐れているのは、あの運動がエスカレートして香港の人たちのアイデンティティの崩壊に繋がらないかということ。行動を起こすときに、どういう方法が有効なのかを心得ていない人もいる。一部の若い人たちは、ネオナチのように危険な方向に行ってしまうんじゃないかと、心配してる。



インタビュー・構成:山本佳奈子(Offshore)
2016年4月23日、香港にてインタビュー

*Ahkokとの散歩の様子は、zine『20160422 20160425』にも掲載しています。
http://offshore.thebase.in/items/3302944
Continue Reading

dj sniffと話す、今の香港、アジア、日本。

dj sniffへのインタビュー記事を掲載してから、丸2年が経った。dj sniffがアムステルダムから香港に居を移して2年経った頃に取ったインタビューであり、日本と香港とヨーロッパでの実験音楽や即興音楽における共通点や違いを聞いた。その後すぐ、dj sniffは大友良英氏がアーティスティックディレクターを務めるEnsembles Asia / Asian Music Networkのプロジェクト・ディレクターとしての活動も始め、東南アジアを中心に、各地をリサーチしている。あのインタビューから2年を経た今、ここでもう一度、dj sniffの今の考えや活動について聞いてみることにした。私自身は当時大阪在住だったけれど、今は沖縄に居を移したという変化があった。また、dj sniffにとっても、2年前と比べるとアジアと日本で活動を大きく広げてきた変化があった。ちなみに今回は、dj sniffと香港のギャラリーThe Empty Galleryに行く途中・行った後のバス車内で主にインタビューを行なった。


Offshore 山本(以下、山本):香港、5年ぐらい前に比べるとちょっと変わりましたね。昔はDennis Wong(*1)も定期的にイベントをやっていたわけじゃなかったし、あと今日行ったThe Empty Gallery(*2)に対して香港の人たちが賛否両論であることとか。昔は、こういう実験的な音楽について情報を聞くことがほとんどなかった。

*1) Dennis Wong・・・Sin:Ned名義で活動する、香港在住のノイズミュージシャン。
参考記事:香港に暮らすノイズ実験音楽家の苦悩と努力- Re-Records代表 Sin:NedことDennis Wongインタビュー


*2) The Empty Gallery・・・香港島南部の工業街にあるギャラリー。実験音楽や即興音楽などの一流アーティストを毎回海外から自費で招聘し、コンサートを月1回程度行なっている。
http://www.theemptygallery.com


dj sniff:確かに。今アンサンブルみたいなものをやろうとしてる人が2組いて。1人はSteve HUI、Nerveって名義でやっているアーティスト。彼は古い記録映像と一緒に演奏するDECADE Ensembleっていうプロジェクトをつくって、10人ぐらいでインプロで演奏することを始めてて。あと、Kung Chi Shingも、地元の若い実験音楽家、あといろんなジャンルの音楽家を集めて定期のプロジェクトを始めてる。3、4年前と比べるとちょっと増えた感じはする。


山本:イベントごとは増えてきたけど、お客さんが増えるわけではないし、どうなんでしょうね。

dj sniff:そういう音楽をやる人数がちょっと増えてきた。それがいいことかな。お客さんの数は厳しいからオーガナイズも厳しいけど。でも若い人達でそういう音楽をやる人が増えてきたのはいいことだね。今沖縄で、実験音楽とか即興演奏のミュージシャンが外から来るときに、出てもらえるミュージシャンって何人ぐらいいる?

山本:うーん、10人ぐらいですかね。私から自信持って出て欲しいとオファーできるのは10人ぐらい。

dj sniff:いいね。香港より多いよ、たぶん。

山本:ほんとですか?うーん、いや、10人いけるかな?8人、9人ぐらいかも。



dj sniff:俺はShane Aspegrenと会ってなかったら、本当に香港で音楽はやらなくていいと思ってた。Shaneは結構おもしろいバックグラウンドを持ってて。アメリカのインディーバンドでドラムを演奏してたんだけど、パリに引っ越して、パリでもちょっとインディーロックみたいなバンドのドラムやってたらしい。(※Shane AspegrenはアメリカではBright Eyesのメインドラマーとして活動、またフランスではThe Berg Sans Nippleで活動していた。)奥さんの仕事の関係で香港に来たけど、香港に来てからは、ほとんど音楽やってなくて。たまたま香港で一緒に演奏することになった。そうしたら彼はすごい上手くて、彼と一緒に組んでみたいと思って。ところで、沖縄にはしばらく残りそう?

山本:1年目の途中までは「ぜったい帰る!」って思ってたんですけど、今は残りたいですね。やっぱりあそこは外国で面白い。全部カルチャーショックで。ホームシックにもなったし。でも、お酒飲み始めるとね。飲み友達ができ始めると面白くなってくる。

dj sniff:そっか、じゃあ沖縄残ることが今の山本さんのプランなわけね。

山本:そうですね。なんかやっと、こう、わかった気がします。大阪って超都会だったなと思って。どんな音楽でも生で聴けるし。なんでも聴くことができないところで暮らして、自分の聴きたい音楽をやろうって思うことには、ものすごいパワーがいるんだなと気づきました。だから、dj sniffとか、バンコクに住んでる清水さんとか、そういう人たちの気持ちがやっとわかった気がする(笑)。

dj sniff:いろんな事が起きているところには住まないほうがいいのかなって思ったりもする。

山本:まあ確かに、twitterで東京の誰かがやり合ってるのを見ると、「東京って大変そうだなあ」とか思うし。そういうところで活動したくないな、って確かに思う。

dj sniff:住むところと仕事するところを変えるっていうのもひとつ。仕事があれば、住んでるところではガツガツしなくていい。住んでるところではゆっくりできて、それで、海外にツアー行って自分の音楽やるっていうほうが、いいのかも。住んでる場所でガツガツやると、結構大変だと思うんだよね。

山本:そうだ、アムステルダムってそういう感じだったんですよね?

dj sniff:そうそう。

山本:最近になって、ERECT Magazine 004号のアムステルダム特集を読んだんです。当時アムステルダム在住のdj sniffとして書いていたテキストが、まさにそういう内容でしたよね。へー、アムステルダムってそういう場所なんだ、と思ってて。

dj sniff:香港も同じで。もう住み始めて4年目、この前のインタビューは2年目ぐらいだった。あの頃から香港で音楽やることの限界が見えてた。これ以上あんまり演奏する場所もないし、あんまりやる必要もないかなと。そうすると、楽に思えてきて。

山本:私も今のデイジョブでやってるアートマネジメントみたいなことは、沖縄だからやれるけど、大阪ではやりたいと思わないかもしれないですね。もっと感情が出ちゃいそうだし。香港にはまだ住むんですか?

dj sniff:出ようとも思ってたんだけど、あと2年間は居ることになった。たぶんそのあとは日本に帰ると思うけど。

山本:2年後だったら2018年から2019年ぐらい、東京オリンピック直前か。ベストタイミングかもしれないですね。

dj sniff:ちょうど前のインタビューの時って、いろんなことが始まる直前で。あのあとアルバム出して、それから大友さんに誘われてEnsembles Asiaの仕事も始めて。一つの流れができる直前だった。あのときと比べるとだいぶ形になって方向性もついてきて。今は国際交流基金と一緒にいろんなことができるけど、どうやったらそれで意味のあることができるのか、っていうプレッシャーはある。

山本:Ensembles AsiaのなかのAsian Meetingは、どういう捉え方なんですか?

dj sniff:ひとつは、日本のお客さんにアジアのシーンを紹介するっていうことと、それから、アジア内で長期的なネットワークをつくること。一過性にしないっていうのを意識してて。それと、せっかく大きな会場でできるし、多くのお客さんに来てもらえるから、あんまりインプロとか実験音楽界隈にとどまらないようにしてる。できるだけインプロ、実験音楽ど真ん中の人ばかりにはならないように。キュレーションとしては、やってておもしろい。僕とユエン・チーワイ(*3)がAsian Meetingのキュレーションをやると、国内でのしがらみがないのも良いと思う。そういうのを気にせずにできるから。

*3)ユエン・チーワイ(Yuen Chee Wai)・・・シンガポールを拠点とする実験音楽、ノイズ、即興音楽のミュージシャン。バンドThe Observatoryのメンバーでもあり、大友良英氏率いるFar East Networkのメンバーでもある。Ensembles Asia / Asian Music Networkではdj sniffとともにプロジェクト・ディレクターを務める。

山本:昨日、Asian Meetingにも出演した香港のサウンドアーティストFiona Leeと会って、彼女が話していたのは、インドネシアのアーティストと会ってすごく面白かったと。「香港は実験音楽を勉強できる場がたくさんあるけど、インドネシアはDIYで勝手にそれをやっちゃってる。それがすごい面白いと思った」って言ってて。マレーシアのYong Yandsenからも刺激を受けたと。私はAsian Meetingをまだ一回も見ていないから何も評価とかできないんだけど、日本の人がアジアにどれだけ心開くか、とかはわからないけど、まずは、地域のミュージシャン同士が繋がっていって、そこでお互いの住む地域のことを情報交換できてる。それがまずは面白いし、それがきっかけとなって豊かになっていくのかなと思って。

dj sniff:そうだね、そこはすごい意識してる。せっかく公的資金を使うなら、もうツアーで外に出られている人たちはあまり呼びたくなくて。これから出て行くべき人とか、Asian Meetingに出ることでちゃんとネットワークを継続していける人たちを繋げていこうっていうのを意識して、ミュージシャンを選んでる。2年やって、すでに発展もある。Asian Meeting終わった後にミュージシャン同士がお互いを呼んでツアーを企画したりとか。そういうことが起こっているから、やりがいある。

山本:そこをもっとアピールしたほうがいいんじゃないですか。日本での見え方って、「大友さんがまたアジアのことやってるんでしょ」っていうイメージになっちゃってる気がする。自分が実際まだAsian Meetingを見に行っていないから、勝手な思い込みかもしれないけど。現場に行けずにメディアからの情報だけを見ているとそういう雰囲気がある。

dj sniff:うん、徐々にやってる。そう。磯部涼さんとトークで話した時にも、磯部さんが「ミュージシャン同士の輪ができるっていうのも特徴のひとつですよね」って言ってくれてて。それってあまりアピールポイントにならないんじゃないかなと思ってたんだけど、割とみんなそれをピックアップしてくれる。必然的に起こることかなと思ってたんだけど、やっぱり、それもプロジェクトのひとつのアジェンダとして打ち出すのはいいかなと思って。

山本:たぶんそれぞれの地域で環境も違う。マレーシアのミュージシャン達は、助成金とかうまく活用して海外のミュージシャンを呼べたり、シンガポールの場合はユエン・チーワイとかがうまくアーツカウンシルと仕事してる。じゃあ香港のFiona Leeの場合は、自分でオーガナイズをしていないから、今後繋いでいく立場を担うのは厳しいかもしれない。でもそれぞれの地域のアーツカウンシルなりファウンデーションが、そういうことが今現在起こっている、って、ちゃんと気づいてくれると、よりミュージシャンやりやすくなると思う。これは私の今のデイジョブでの目線だけど。

dj sniff:僕もチーワイもそうだけど、なんでミュージシャンなのに企画とかまでやるかっていうと、オーガナイザーとかキュレーターが嫌いなんだよね。ミュージシャンであってキュレーターやオーガナイザーを兼任する人が一番信用できる。ミュージシャンじゃない人が助成金取ってきてコーディネイトや企画すると、なかなかミュージシャンのことを理解してくれないことが多いから。そうじゃない人もいるけど。

山本:そうか、助成金取った時点で、もうしがらみはできているかもしれない。

dj sniff:そうそう。だからやっぱり、アジア各地でアーティストやミュージシャンでオーガナイザーでもある人たちを探してきて、彼らを繋げるっていうのも今のプロジェクトの目標みたいなところ。あと、今年はできるだけ、日本以外のアジアでAsian Meetingをやろうとしてる。日本ってアジアアジアって言いながら、日本の中でしかアジアのことを話してないなって。アジアの中に入っていって、アジアのことを話そうとしない、っていう意見が結構あった。ほんとそれはそうだなと思って。日本にみんなを呼んできてアジアの話ばっかりしてる。現地に入り込んで、そういう会話をつくらないと意味がないなと思ってて。

山本:そう、日本の外でアジアの話をしないと結局公平じゃない。日本人でタイは親日、台湾は親日、って思ってる人は多い。でも、実は台湾にも日本が好きじゃない人はいるわけで、そういう人に出会ったことがなくて日本のメディアの情報でそう思い込んでるだけで。タイ人だって日本にまったく興味のない人もいるし。

dj sniff:日本の変なおごりっていうか。テレビでもよくやってるじゃん。「日本のここがすごい!」みたいな。

山本:うん、最近そういう番組すごく多いらしいですね。

dj sniff:自信のないのを補う、みたいな。僕ら界隈でもあると思う。ライブに出て、日本だからってだけでみんな「すげー」って言われて。

山本:インディーロックバンド系の界隈では、だいぶ日本の人もアジアのバンドを意識してくれるようにはなってる。でも、まだ見方がなんかおかしい。欧米のバンドと同じ扱いにはならない。

dj sniff:やっぱり見下してるんでしょうね。上から、ああがんばってるねえ、みたいな。台湾のskip skip ben benは良く日本に来てるけど、レビューとか読んでると「シューゲイザー、台湾もいいのあるじゃん!」っていう感じで。ちょっと見下してる感じがした。

山本:去年タイのバンドの日本ツアーをやったんだけど、そのバンドのYouTubeでは曲名がタイ語の文字で書かれてて。Twitterでは、おおむねみんな「良い曲」っていう感想をくれるんだけど、いちいち「タイトルが読めないけど」って書く(笑)。あたりまえじゃないですか、と思ってました。タイ人からしたら、日本語わけわかんないですよ、と。あのタイ文字自体をもう見下してる感じがするなあと思ってて。

dj sniff:でも、変わるかなあ。今日本の経済が弱いから。自信喪失というか、そういう劣等感が、過去の世界大戦のきっかけにもなったと思うし。うーん。

山本:結局は変わらないかもしれないですけどね。

dj sniff:せめて自分たち界隈では変えたいけどね。






2016年4月23日、香港にてインタビュー
インタビュー・構成:山本佳奈子




dj sniff プロフィール
Ensembles Asiaウェブサイトより引用
香港を拠点に、実験的な電子アートと即興音楽の分野で活動する音楽家、キュレーター、プロデューサー。彼の音楽は、DJ、楽器デザイン、即興演奏を組み合わせた独特の実践のもとに成り立っている。アムステルダムの STEIM (スタイム電子音楽研究所)で7年間アートディレクターを務めたほか、ヨーロッパ、アジア、アメリカ各地の国際フェスティバルやライブ会場での演奏多数。これまでに、4枚のソロアルバムをリリー ス。ニューヨーク・タイムズ、オールアバウト・ジャズ、ザ・ワイヤーの各メディアにレビューが掲載されている。

http://djsniff.com
Continue Reading

event: マッティン・タクスト&中村としまる, エリック・ブレケサウネ沖縄公演



Offshoreがレポートした2015年4月のMultiple Tap中国ツアー。北京、杭州、上海とご一緒した”ノーインプット・ミキシング・ボード”の先駆者、中村としまるさんの沖縄公演をオーガナイズします。
ノルウェーよりMartin Taxt、Eirik Blekesauneも来沖。
即興音楽のイメージがない沖縄かと思いますが、沖縄を拠点に活動する素晴らしい即興音楽家たちに共演してもらえることとなりました。
会場は沖縄アヴァンギャルド・アンダーグラウンドの実験場であり四半世紀続く浦添Groove。実は那覇中心地からタクシーで10分程度。遠くからのお越しもお待ちしております。

Offshore is really pleased to announce the showcase for Toshimaru Nakamura (Tokyo), Martin Taxt (Norway), Erik Blekesaune (Norway) and Okinawan improvised musicians. I was touring China with Toshimaru Nakamura in April 2015 as Multiple Tap in China. I'm so glad to meet him in Okinawa again. (Actually I moved to Okinawa in 2015.)
The venue is on the border of Naha city and Urasoe city Okinawa, called Groove. It runs for 25 years and keeps introducing great Okinawan underground musicians.


*English information is below.

マッティン・タクスト&中村としまる(pan on fire), エリック・ブレケサウネ沖縄公演

2016年4月12日(火)
open 20:00
start 20:30

Charge ¥2000 ※ドリンクオーダー別
PEATIXでのチケット購入はこちら→http://grooveoknw160412.peatix.com

会場:Groove
沖縄県浦添市勢理客 2-18-10 B1F ※Google Map
tel. (098)879-4977

出演:
pan on fire (中村としまる & Martin Taxt)
Eirik Blekesaune
上地gacha一也 + 波平雄太
DJ PIN
石原岳 + takane Eabl

organized by Offshore
TOTAL INFO:info.offshoremcc@gmail.com


Martin Taxt & Toshimaru Nakamura (pan on fire), Eirik Blekesaune in Okinawa
April 12th Tuesday, 2016
20:00 open / 20:30 start
Charge 2000yen and drink order
Online Ticket→http://grooveoknw160412en.peatix.com
Venue: Groove
B1F, 2-18-10 Jitchaku Urasoe city Okinawa
tel. +81 988794977

Martin Taxt & Toshimaru Nakamura (pan on fire)
Eirik Blekesaune
Uechi gacha Kazuya + Yuta NAMIHIRA
DJ PIN
Ishihara Takeshi + takane Eable





pan on fire

中村としまる - mixer
中村としまるは、”ノーインプット・ミキシング・ボード”の先駆者として、9作のソロアルバムを含む100作近くに及ぶ作品を90年代より発表してきているが、このマーティン・タクストとのデュオにおいては、タクストのチューバをマイクを介してミキサーに取り込むという、これまでとは違った手法を用いている。これによって、中村がタクストのチューバの演奏を加工出来るだけでなく、チューバの入力信号がミキサー内のフィードバック音に影響を与え、時にはそれを遮ることすらあり、それが生々しく苛烈で驚きに満ちた性質を音楽にもたらしている。
Toshimaru Nakamura - mixer
Toshimaru Nakamura is a pioneer on his instrument no-input mixing board. Releasing nearly hundred albums since the mid 90’s, including 9 solo albums. However, in this project with Martin Taxt he appears with a new approach to his instrument by taking Taxt’s microtonal tuba into Nakamura’s mixer through a microphone and thus, tuba sound affects and sometimes interrupts mixer’s internal feedback signal as well as Nakamura processes Taxt’s tuba playing. This creates a raw, brutal and surprising character to the music.


マッティン・タクスト - Tuba
1981年ノルウェー・トロンハイム市出身。2006年ノルウェー国立音楽院及びフランスパリ国立高等音楽・舞踊学校(コンセルヴァトワール)における課程を修了して以来、国内外の実験音楽シーンにて活躍を続ける。主な活動としては古木撰集やMicrotubの一員としてのリリース並びにツアーが挙げられる。2013年からは数々の受賞歴を誇るアート集団Verdensteatretの一員として活動。また2010年以来Kim Myhr、Ingar Zach、Ivar Grydelandらと共に実験音楽専門のレーベルSOFAも主宰。
Martin Taxt - Tuba
Martin Taxt, born in Trondheim, Norway in 1981, finished his studies at the Academy of Music in Oslo and CNSMDP in Paris in 2006. Since then he has established himself in the international experimental music scene. He is releasing albums and touring with groups such as Koboku Senjû and Microtub. Since 2013 he has been a part of the award winning art collective Verdensteatret.
He has been running the experimental music label SOFA since 2010 with the musicians Kim Myhr, Ingar Zach and Ivar Grydeland.





エリック・ブレケサウネ - laptop
エリック・ブレケサウネは、2010年よりノルウェイの芸術家集団”ヴェルデンステアトレ”のメンバーとして、音、ロボット工学、電子工学、ソフトウェア開発を伴う作品制作をしている。音楽家としては、彼はラップトップ・コンピューターを使い、”ライヴ・コーディング”と呼ばれる、演奏中にソフトウェアを組み上げていく手法を用いる。その演奏は完全にはコントロールしきれないデジタル楽器をリアルタイムに創造していくものである。彼のラップトップ・コンピューターは、制御することと制御を失うことのバランスをとる楽器となる。
Eirik Blekesaune - laptop
Eirik Blekesaune has been a part of the Norwegian art collective Verdensteatret since 2010. He works with sound, robotics, electronics, and software development. As a musician he uses laptop where the music software is constructed during the performance, also known as live coding. The performance is based on creating digital musical instruments in real-time that can only be partially controlled. The laptop becomes a musical instrument that balances between taking control, and losing control.



上地gacha一也 - double-bass
1968年沖縄生まれ。ジャズ、フリージャズ、ロック、ポップス、ブルース、即興音楽など、様々な沖縄周辺のミュージシャンとのセッションを行なっている。特に即興音楽においては、沖縄県内の即興演奏家を集めたイベントを自身の経営するライブハウス『Groove』で定期的に開催。世界各地から前衛音楽家が彼のもとに訪れ、Grooveの歩みとともに、沖縄アンダーグラウンド、沖縄前衛音楽を担ってきたベーシストである。2005年に結成したフリージャズ集団”勢理客オーケストラ”ではバンドマスターを務める。”Shaolong To The Sky”、”マルチーズロック”などにも参加。
Uechi gacha Kazuya - double-bass
Born in Okinawa, 1968. He plays the electric bass or double-bass on Jazz, Free-Jazz, Rock, Pops, Blues, Improvisation and many kind of music. Especially, he is a pioneer of improvisation and avant-garde music in Okinawa. His owned live music venue “Groove” organizes improvised and avant-garde music event usually. Groove and his performance made a history of Okinawan underground music scene, and many improvised musicians in the world visited to Groove and him. He is a band master of free-jazz orchestra formed in 2005 called “Jitchacku Orchestra”. Also he plays the bass guitar on “Shaolong To The Sky” and “Maltese Rock”.







波平雄太 - Electric Guitar
ギタリスト。琉球大学ジャズ研時代から本格的にライブ活動をスタートし、数々のバンドやセッションに参加。2005年頃よりソロでの即興演奏も始める。演奏活動のほか、コミュニティfm「タイフーンfm」のジングルの制作や、沖縄音楽界・戦後最大の作曲家:普久原恒勇トリビュートCD『普久原メロディー』の制作にも関わるなど、作曲やアレンジ、プロデュースなども手掛ける。現在は、“メガネストラトス”、“勢理客オーケストラ”、“Ascention”など、様々なジャンルのバンドにて活動中。

NAMIHIRA Yuta- Electric Guitar
A guitarist. He started performance when he was a member of Jazz-workshop club in Ryukyu University. And he joined numerous sessions and bands. He worked as a composer of jingle music on Typhoon FM in Okinawa, and as a co-producer of CD album “Fukuhara Melody” which is released for tributing Okinawan most famous composer and producer Tsuneo Fukuhara. Also he composed and produced many of Okinawa-based musicians' songs and projects. Now he plays the guitar on various bands as “Megane Stratos”, “Jitchaku Orchestra” and “Ascension”.




DJ PIN - Turntable, Sampler
沖縄を拠点に活動するターンテーブリスト。HIPHOPで鍛えたスクラッチやジャグリングの技巧を、即興音楽としてのターンテーブルプレイに応用する。フリージャズ、実験音楽、ダブ、民族音楽などのレコードとサンプラーを使用して、未知のビートと音楽を生で構築していく。現場の空気を瞬時に察知し、音に反映させるエンターテイメント性に溢れたプレイは、沖縄クラブシーン、即興音楽シーンの両方から高い評価を得ている。2014年にはWORLD’S END GIRLFRIEND主宰レーベルVirgin Babylon Recordsより初の単独音源『first expression...』をpin_oknw名義でデジタルリリース。
DJ PIN - Turntable, Sampler
A turntablist based in Okinawa. He started DJ at clubs and established his skills of scratching and juggling in Okinawan hiphop scene. Now he tries to adapt his DJ skill for improvised music. His unique music is made by vinyls of free-jazz, experimental, dub and ethnic music. His strange beats are live composition and which delight both audiences in hiphop scene and improvised music scene. His performance is worth seeing as live show however he plays really simple instruments. In 2014, he released his first solo digital album “first expression…” from Virgin Babylon Records which was established by WORLD’S END GIRLFRIEND.



石原岳 - Guitar, Effects, Light
沖縄県東村高江在住。エレキギターとエフェクターを使って演奏。最近では電球の光を演奏と同期させて明滅させるライブをしている。 エレキギター2本の即興ユニット『PIRARUCU』やソロ、また様々な演奏家との即興演奏で沖縄県内外で活動。
2011年5月、1stソロアルバム『Yoru no Kazoku』、2013年1月、2ndアルバム『発酵する世界』リリース。
Ishihara Takeshi - Guitar, Effects, Light
Based in Takae, Higashi-son in Okinawa. He plays the electric guitar with effecters. Recently he controls flicking light bulb in sync with his guitar. Also he plays on “PIRARUCU” which is two electric guitars’ improvisation duo. And he often plays as solo or session with various musicians in Okinawa and other countries. May 2011, his first solo album “Yoru no Kazoku” was released. January 2013, his second album “Hakko suru Sekai (“The World towards ferment”) was released.




Takane Eabl - modular synthesizer
カラフルで複雑にパッチングされたモジュラーシンセサイザーを、脳神経系/人間社会経済と同様の”複雑系”として捉えコントロールする。リアルタイムに音と色彩を合成・創造し、演奏することで、空間と時間の制御に挑戦する。
Takane Eabl - modular synthesizer
He controls colorful complex patched modular synthesizer as like human society and economic complex systems and cranial nerve system. His realtime composition, creation and performance would be challenging spatiotemporal control.



*videos and sounds from the musicians who play on this showcase.











Continue Reading

政治活動と政治的な活動、音楽を核とした場づくり仕事づくり-『パーティー51』上映後トーク:アサダワタル×HOPKEN杉本×Offshore山本

韓国ドキュメンタリー映画『パーティー51』上映&ツアー、第一本目に開催されたツアーでのトークセッションは、大阪HOPKENにてアサダワタル氏、HOPKEN店長杉本喜則氏、Offshore主宰山本佳奈子の3名で行なわれた。大阪を中心に、音楽に関わってきた同世代の3人でのトーク。社会と政治、音楽と「政治的な活動」、また、今後の表現者が目指すべき場のつくりかたについても考えてみた。
※映画の内容を含みます。これから映画を観られる予定でネタバレが気になるという方は、観賞後お読み下さい!

参考記事: 映画『パーティー51』上映後トーク:パク・ダハム×バムソム海賊団×ハ・ホンジン×チョン・ヨンテク監督

ハ・ホンジン ©51+ film


2015年9月29日(火)
<来日直前!>韓国音楽ドキュメンタリー『パーティー51』上映・トーク
会場:HOPKEN


“政治と音楽の狭間、あと、音楽で食うって言うけどその「音楽」ってどのへんまで言うの?っていう話”

山本:あらためて、『パーティー51』上映ツアーの企画制作をやっている、Offshoreの山本佳奈子です。
http://www.offshore-mcc.net/2011/07/what-is-offshore.html

杉本:この店の店長やってます、HOPKENの杉本です。
http://hopken.com

アサダ:文筆と音楽をやってます、アサダワタルです。
http://kotoami.org

山本:まず、韓国インディー音楽って日本ですごく人気があって、どうしてもこの映画を語るときに音楽自体の話になることが多い。でも、私がこの映画から読み取りたかった文脈って、インディペンデントなクリエイター達がどうやって表現活動しながら食っていくのか?とか、社会という観点で切り取りたかったんですよ。それでこの3人でこの映画をネタに話してみたかったのですが、杉本くんはHOPKENの店長であり、今はなくなった新世界フェスティバルゲートのBridgeというライブハウスでスタッフをやっていたんですよね?

※フェスティバルゲート:大阪通天閣のすぐそばにあった複合施設であり、ジェットコースターを含む遊園地や飲食店、映画館があった。ライブの空間「Bridge」は8Fにあり、他、cocoroom、remo等のアートNPOや団体が活動していたビル。第三セクターで運営されていたが、2007年に遊園地が休業、そして閉鎖。

杉本:いや、僕はやってないです。

アサダ:いきなり間違った情報を(笑)。

杉本:僕はよく遊びに行ってただけで、スタッフやってたのは、例えば梅田哲也さん、neco眠るの森さんとか。あと、同じ建物の下3Fにcocoroomっていうのがあって、そこもいろんな音楽やってる人が関わってましたよね。

アサダ:僕がまさにそのcocoroomに関わってて、10年前ぐらい。当時、Bridgeとcocoroomで出演者やスタッフの行き来がありましたね。他にも、3FのDANCE BOXではcontact gonzoの塚原君がいたり。

杉本:僕はBridgeで当時所属していたサークルで何回か企画をやらせてもらったりして、neco眠るの森さんに仲良くしてもらって。Bridgeが終わったタイミングで自分一人でイベント企画を始めて。地下一階というライブハウスの上にできたepokという場所で、森さんとgoatの日野くんと一緒にスタッフをしていたこともありました。

山本:なるほど。それで、私はBridgeがあった時代、二人とはまだ出会ってなかったんですが、大阪市内のライブハウスでブッキングの仕事してました。ではお二人に、いきなり映画の感想を聞いていいですか?どうでした?

杉本:ひとつは、ある時期のムーブメントを切り取ったドキュメンタリー映画として、 すごく真摯な、良い作品やなと思いました。あと物価が近いので、お金の話がリアルでしたね。ミュージシャンに対する日本との捉え方の違いも感じました。ざっくり言うとそんな感じです。

アサダ:面白かったです。トゥリバンがなくなってから、同じ映画なのに別の映画が始まった感じがして。そこから、あの建物があったときのことを忘れてしまう感じが不思議でした。続いて、別の場所の運動に関わっていって空回りして。でも音楽は認められていったり。別のストーリーが始まったので、パート1とパート2を見た感覚でしたね。それから、狭間みたいなものを感じましたね。政治と音楽の狭間、あと、音楽で食うって言うけどその「音楽」ってどのへんまで言うの?っていう話。自分もその時々で、やり方を考えてきたので、そういう話を映画に出てくる彼らと一緒にしてみたいな、と思いましたね。

山本:私がずっとアサダさんに個人的に言ってる、私がライブハウスの仕事辞めるきっかけの話があって。10年前、ライブハウスで働いててしんどかったとき、アサダさんのいろんな表現を混ぜたパフォーマンスを見て、なんか自分がアホらしくなったと言うか。いろんな表現の方法があるって知ったから、もうひとつのことやってないで、辞めよう、と。この話ずーっとアサダさんにしてますけど(笑)。

アサダ:表現の幅っていうか、僕は「それって表現で食ってる、っていうことになるんですか?」って言われることもやってると思うんですよ。僕も本を書いてますけど、本自体は小説じゃなくてノンフィクション。僕は本を作品やと思ってますけど、表現活動をしていくことと、社会で起こってること、自分なりの考えで有象無象を切り取っていってて。11月末には表現についての本を出す予定なんです。自分にとっては表現について直球で書くって言うことが、それまでできなかったから、ソロCDと一緒にちゃんと提起しようと思って。映画で「納得のいくお金のもらいかた」みたいな話をしてたと思うんですよ。こういうライブに呼ばれてお金もらうのは納得できるけど、こういうライブに呼ばれても……、みたいな。映画では印象的な言葉で言い表してたんですけど、パフォーマンスを売ると言うか……

山本:終盤でハ・ホンジンが言ってたことですね。(※日本語字幕では「音楽勝ち組」。イベントの主旨内容については一旦置き、お金がもらえるイベントに呼ばれるようになったということ。)

アサダ:そう。オファーが増えてきたら増えてきたで、断りたいものも出てくる。呼ばれたけど、この主旨で僕って、ぜったい理解してもらえてないな、っていうのも正直あるんですよ。行ったらお金はもらえても良い気分でライブできへんやろな、良い気分でしゃべられへんやろな、って、悩むんですよ。でも、矛盾してかもしれないですけど逆に問うと、映画の中の皆さんって、はっきりやりたいことあるんかな?って、思いました。僕はふにゃふにゃなんで、意外とないんですよ。呼ばれた現場で、違うことやってみたら、みんな喜んでくれて、自分も楽しかった。じゃあこれでええんや、みたいな。ええかげんな人間なんで(笑)。だから、「自分がこれをほんまにやりたいんか?」って突き詰めていったら、ぐらぐら底が揺らいでくるんちゃうかなと。目指す表現と仕事として成立させなあかん兼ね合いの中で「意外とこういう表現もアリかも」っていう表現が自分でも気付かないうちに開発されていくってことは、ひとつの希望の形としてひょっとしたらあるんじゃないかと。その辺、映画出てるみなさんとしゃべってみたいなと思いましたね。

山本:杉本くんは、ここHOPKENに関しては、どういうサバイバル術でやってるんですか?

杉本:いや、サバイバルできてないですよ(笑)。好きなことしかやってないから、良い感じに見えてるだけで。赤字ですが何とか続けてます。移転するまでは小さい規模でやってて、バイトして自分の生活費キープしてたらよかったんですけど、今は家族もできて、それで、こうやって下では飲食やってて。今からどうなるかわからないですよ。すぐ消えるかもしれへんし。

山本:こわ……。

杉本:大阪は人口多い。何かやりたい、って思ったときに、認めてもらえる人の数がある。ある程度棲み分けもできてるし、続けていけるぐらいの苦しさでやっていけてるかなと。大阪は誰も儲かってないですけど、ギリギリやれる規模。逆に言うと、ギリギリ続けられる規模で落ちついちゃうから、面白くなくなるかもしれない。あと、『パーティー51』観て思ったのは、敢えてそういう描き方なのかもしれないですけど、うまいこと全ジャンル集まってて、しかも各ジャンルごとに割とポリティカルな歴史のある音楽。それが一緒にやってるっていうのは、日本よりシーンが小さいからこそできることかもしれんし、ホンデっていうエリアで区切ったからそれができたのかなと。

山本:映画の中の解説をすると、まず、ハン・バッ=Yamagata Tweaksterは元から政治と社会にコミットしてて、歌詞も字幕にあったようにポリティカルなメッセージを言っていて。彼がある時、新聞を読んでトゥリバンの立てこもりを知って、トゥリバンに訪れたそうです。そこで、夫婦の話を聞いて、「ここにミュージシャンを集めていいですか?」という打診をして、ああいう展開になったそうです。確かに、多ジャンルが交わることってあまり大阪もないなあと思ってて。例えば映画の中で、ハ・ホンジン(ブルース)のリリースパーティーのときに、バムソム海賊団(グラインドコア)がちょっかいかけてる。

アサダ:マイク向けるシーン、あそこ良かったですね。

山本:ハ・ホンジンとバムソム海賊団は今も仲良くて、ダハムはノイズ音楽やってるけど映画に出てる音楽家みんなのリリースをやったことがあったりして。ジャンル越えた付き合いって、日本はそこまでないんちゃうかな?と。

アサダ:Yamagata Tweakterは政治に関心あってああいう行動したっていうのはわかるんですけど、他の音楽家は元からああいう活動してたのか、それとも活動しながら政治に目覚めていったのか、どうなんでしょうね。

山本:時代背景を説明すると、映画撮り始めたのが2009年ぐらい。その少し前、韓国はBSE問題で学生運動が起こってたんですね。なので、それぞれデモに参加したり、という経験はあったみたいです。パク・ダハムは仁川出身ですが、ソウルに住み始めてからデモに参加するようになったと言ってました。

Yamagata Tweakster ©51+ film


“社会の仕組みを少し変える、っていうことは政治的なんですけど、「政治活動」と、「政治的な活動」の分類が分かれてる意識が日本人にはある”

アサダ:ジャンルバラバラとはいえ、それなりに前衛的な音楽やってる人たちがこういう運動に関わっていくと。素人の乱の松本哉さんも出てましたが、高円寺とかは一部のミュージシャンにもデモ運動との繋がりとかがあったりするけど、韓国以上に日本はノンボリですよね。ああいう方向にいく音楽家を、同じ音楽家が遠巻きに白けて見る風潮があるじゃないですか。

山本:私は他のアジアも見てますけど、台湾はノンポリではないと思うんですよ。日本だけ政治と音楽が遠ざけられてる感じがする。かと言って、自分がすごく政治にコミットした活動をしようとは思わないんですよね。

杉本:今だと安保反対でデモに行ってるミュージシャン多いですけど、韓国の音楽家みたいに皮肉っぽかったとしても、ダイレクトに政治と音楽を繋げてるミュージシャンは少ないですね。

山本:最近年配のミュージシャンとかで「音楽を政治に使うな」って書いてる人もチラホラ見ましたね。

杉本:積極的に参加する人と、黙ってる人と、分かれましたよね。

山本:だから、「音楽を政治に使うな」って言う人からしたら、この映画って音楽をモロに政治に使ってしまってるパターンで嫌がられるんちゃうかな、と思って。

アサダ:でも、この映画では、「運動? いやいやそうじゃない!」って、出てる音楽家達がどっかで自分たち自身のことを笑ってる感じがするんです。上の世代の活動家のこととか、どストレートな活動やってる人たちのことを、ちょっと小馬鹿にしてる。それでいて、自分も運動やっちゃってるよね、なんなんだろうねこれ、っていう空気がこの映画に流れてるじゃないですか。それが映画として面白いところやなと思って。

山本:そう。この映画が、どストレートに政治やったとしたら、私は日本で上映担当したくなかったんですよね。

アサダ:でしょ。どっかで疑問持ちながら、でももう、やるかー!みたいな感じでやってる。その感じはすごい面白い。

杉本:途中でダハム君が、「やっぱり音楽の内容が大事」って言ってて。結局この映画って、「自分たちが音楽をやりやすい状況を作ることが、政治的な活動」っていうことになってる。日本の場合は、それが政治的な活動っていうことにはならない。

アサダ:そう、いわゆるジャンルとしての「政治」と、「政治的な活動」って、微妙に違うと思うんですよね。「政治的な活動」っていうのは、ほんと広い意味で。動かなあかん、っていうことが政治的な活動ってことですよね?

杉本:社会の仕組みを少し変える、っていうことは政治的なんですけど、「政治活動」と、「政治的な活動」の分類が分かれてる意識が日本人にはある。経済的な活動も、「政治的な活動」のはずなんですけど、「それは経済活動」ってなっちゃう。切り離せないはずなんですけど、表面的に政治であるほうを切り離して考えてしまう。だから例えば「自立音楽生産組合(JARIP)」と、大阪のレーベル「こんがりおんがく」を比べて見る。こんがりおんがくは自分たちがやりやすいように友達同士でやってて、状況を良くするためにも色々と動いてる。自立音楽生産組合も、余り変わらない意識でやってるような気がするけど、それが日本の視点で見ると「政治活動」をしてるように見える。こんがりおんがくはじめ日本のインディペンデントな音楽家が、映画のなかにあったようなことをやり方としてやってもいいはずやけど、日本ではそういう方向に行きにくい。その違いがあるなあと思いますね。韓国のあの活動を日本でやろう、ってなったとしたら、法律がどうとか経済がどうとか、お堅い話になってくる。例えば最近の話では、風営法を改正するとか。そういう明確な政治の目標があってダハム君達はやってたわけじゃなかっただろうし。そういう違いが面白い。

山本:映画の中の内容って、2012年初頭ぐらいまでの話で、編集にめちゃくちゃ時間がかかって、2014年にやっと韓国で上映、配給されてるんですよ。そのあいだに韓国も大きく状況が変わってるみたいで。例えば、あれだけバムソム海賊団「Uber-Oui」って曲で盛り上がってたけど、今はそんなに客入ってない。

アサダ:んーと……(笑)、さらにあれから人気が出た、とかいう話じゃなくて?

山本:そうじゃないらしいんですよ。パク・ダハムも言ってたのは、当時は自分でオーガナイズするイベントにお客さん良く入ってたけど、今はそうでもない、と。なので、あのムーブメント自体に引っぱられてきてたお客さんが多かったみたいなんですよね。音楽詳しくない韓国人でも、トゥリバンの話は知ってたりする。ソウル市内ではすごく有名だった話みたいで、それこそ「政治的に」そのムーブメントは成功したのかなと思うんですけど、ムーブメントが去っちゃうと、音楽自体を聴いてくれる人は減っちゃう。

杉本:それはしゃーないですよね。音楽が娯楽である以上は。娯楽って言いきっちゃうのはあかんかもしれんけど。個人的な体験で言うと、2004年辺りにいわゆる”関西ゼロ世代”が注目されていた時は、平日でもお客さんいっぱい入ってて、みんな何かを目撃したくて来てる、熱気みたいなものがあった。最近僕が行くようなライブでは、そういう状況はあまりない。本人たちの表現は変わってないけど、取り巻く状況は変わる。だから、しょうがない。

山本:そう、しょうがない。

アサダ:その辺は、どういうバランスがええなあと思ってるとかあります?

山本:うーん、わからないですね。わからないですけど、Offshoreでは、社会が絡んでる表現を紹介するようにしてて。社会と切り離すのは違うと思うんですよね。背景とか、経済状況とか、政治とかいろんなことがあってその音楽が生まれてる、ってはっきり言い切ったらあかんのですけど、ひとつの要素になってると思ってて。切り離したらあかんと思ってるんです。

アサダ:それはまったく同感です。純粋に音楽だけが切り離されてるっていうのは、語弊はあるかもしれないけど幻想やと思ってます。僕自身は。やっぱりその背景はあって、純度高く音楽だけ、っていうのは有り得ないと思ってる。

バムソム海賊団 ©51+ film


“映画の中のムーブメントって、消費者も生産者も分け隔てなく入ってた気がするんですよね。そこを評価してる人たちがいた事実が面白い”

山本:そう考えるとアサダさんは個人と社会と表現と普段から絡めまくってますよね。

アサダ:そうですか?(笑)僕、映画観ててすごい気になったことがあったんですけど、「音楽生産者」と「音楽消費者」っていう言い方をしてた。事実としてはそうなんだけど、僕は、「次に行かれへんかな?」と思うんです。そこに一番興味があって。基本的にミュージシャンって、どれだけDIYって言っても、既存の仕組みに乗っかってるんですよ。生産者と消費者がいて、生産してCD作って流通させて。それがインディペンデントであれインディペンデントでなかろうが。だから、さっき言ってた、ムーブメント以降、音楽だけになったときにお客さん入らんくなったっていう話。だとすれば、ムーブメントの質っていうのをもっと面白くして、音楽含めてもっとよくわからんことを作って、そこを評価してもらって、それを場合によってはお金に換えていく、っていう仕組みがあってもええんかな、って。例えばプラットフォームをつくる、音楽使って面白いことをやる、とか、音楽で場をつくる。映画の中のムーブメントって、消費者も生産者も分け隔てなく入ってた気がするんですよね。そこを評価してる人たちがいた事実が面白い。でも、CD売るとか、ライブで稼ぐ、っていう方向に戻った。僕はその発想の転換をしたい。生産とか消費っていうことよりも、一緒に音楽をつくるとか、今までにある音楽を使って一緒に遊ぶ、っていうようなことを仕事にしてる立場としては。本書きます、CD出します、ライブします、だけじゃなくて、もっと面白いことできるんちゃうかなと思ってます。

山本:そうなると、グラインドコアをやってるバムソム海賊団。彼らがこれから「生産者」「消費者」じゃない仕組みを作るとしたら、どうやっていこう、って悩みません?例えば、バムソム海賊団が、永続的にお金を得るには?音楽によって。

アサダ:まあ本人がそれをやろうと思うかどうかわからないですけど、「そんなん言うても……」って人もいるし、意見分かれると思うんです。映画の中では「音楽家は音楽でしか」っていうような、音楽家がいかにも言いそうなオーソドックスなメッセージも多かった。そういうのも気になってたんですけど。僕は「そうかな?」って思って。

杉本:でも、いろんなチャレンジ今まであって、結果失敗してきてる例も多いんじゃないかな?っていうのも。わからないですけどね……。バムソム海賊団は、ライブハウスやるしかないんじゃないですか?

山本:え、あの小説家のトゥリバンの旦那さんと同じ考えに……(笑)

杉本:もしくは、コミューン作るか。

アサダ:音楽で食うって言うところを拡大しすぎやと思うんですよ。僕はSJQっていうバンドをやってて、メンバーに米子匡司ってミュージシャンがいて。彼はFLOATっていうスペースを運営してるんですよ。彼はFLOATでは食えてないんですけど、そこで出来た縁から、同じ此花界隈にあるPORTっていうスペースの管理人をやることになったんですよね。僕はそれ、結構面白いと思ってて。昔コミュニケーション能力むちゃくちゃ低い奴やったのに、いつの間にかコミュニケーション能力むちゃくちゃ高いキャラになって。そんな奴じゃなかったやろ、って思うんですよ(笑)。でも彼の場合、音楽が核にある。そこは本人も話してて。場が生まれて、その人の周りにいろんな人の縁が生まれて、同じ此花界隈にFLOATもPORTもあって、音楽ライブもすれば、PORTは住居もあって食堂もやってるし、フリーペーパーも出すし、ごちゃごちゃといろんなことをやるようになったんですよね。同時に彼はもちろんライブもする。ぐるぐる回って色んなタイプの仕事が彼の音楽にまつわる考え方にも影響与えていってると思うんですよ。だから、「ここ」で食ってる、って言う話ではなくて、そのぐるぐる回ってる結果、「生きてるんやったらええやん!」って、僕は思うんです。じゃあ米子くんは音楽で食ってるんか?って聞かれるとはっきりと答えられないです。でもぐるぐる仕事が循環して、食ってて、潤滑油としてその真ん中に音楽があるなら、「音楽で食ってる」って言ってええんちゃうか、って思うんです。

山本:確かに。今思い出したのが、インドネシアのマージナル。彼ら音楽だけで食えてるかはわからないですけど、現地の恵まれない子どもたちと一緒に音楽やったりしてて。彼らもパンク音楽やけど、子供に社会を教える手段として音楽を教えてる。そう考えると、バムソム海賊団も、今後何か良い出会いがあれば、音楽を軸にして廻り廻って食えるのか?と。

杉本:ひとつ日本でそういうモデルがあるとすれば、Turtle Islandがやってる橋の下音楽祭かな。チャージフリーやけど数千人が集まって、会場でそれぞれ市ひらいて、ソーラーパネルで電気起こして。Turtle Islandは、ハード コアとパンクとヒッピー、クラブカルチャーでそういうコミューン作ってきた人たちの良い部分を 持ってますよね。果たしてメンバーが音楽で食えてるかはわからないしバイトしてるかもしれないですけど、でもバイトって言っても自分たちでつくった店とか仕事でバイトするっていうことができるかもしれへんし。

アサダ:それもいいですね。まったく関係ないバイトやったらキツいけど、自分たちでつくった場でバイトして、そこでやりたいことも混ぜていって、全体をつくる、っていう。

杉本:みんなそうやって生きていけたらいいなと思うんですけどね。さっきアサダさんも言ってた、韓国のミュージシャンと、音楽消費者が分かれてるっていう話。でも分かれてるのに共存してる。韓国の本人たちは分かれてると思ってるかもしれないけど、日本から見ると共存してるように見えるって言うのが不思議でしたね。


構成:山本佳奈子
Continue Reading

映画『パーティー51』上映後トーク:パク・ダハム×バムソム海賊団×ハ・ホンジン×チョン・ヨンテク監督

韓国ドキュメンタリー映画『パーティー51』上映&ツアー、東京UPLINKで10月2日、10月5日に開催されたトークを一部抜粋してレポート。登壇者は以下の通り。両日とも、会場から質問を募集しQ&A形式で行なった。2009年から2012年始めにかけて撮影されたドキュメンタリー映画であり、それからずいぶんと月日が経過している。現在はJARIP(自立音楽生産組合)を抜けたミュージシャン達からの音楽、政治社会活動に対する本音の考えは、熱気あふれる映画本編とのコントラストをつくり、非常に興味深いトークだった。
映画の内容を含みます。これから映画を観られる予定でネタバレが気になるという方は、観賞後お読み下さい。
しかし、この記事(今)を読んでから映画(過去)を観ることも、状況を俯瞰できて面白いかもしれない。

登壇者
バムソム海賊団 ヨンマン
バムソム海賊団 ソンゴン
ハ・ホンジン
パク・ダハム
チョン・ヨンテク監督
山本佳奈子(Offshore)
通訳:本田恵子(10月2日)/清水博之(雨乃日珈琲店、『パーティー51』日本語字幕担当、10月5日)

参考:
映画『パーティー51』上映&ライブツアー
http://www.offshore-mcc.net/2015/08/party51.html
『パーティー51』映画情報
http://www.offshore-mcc.net/p/party51.html


■10月2日 UPLINK FACTORYでのトーク

山本:自立音楽生産組合(JARIP)に関しての質問がきています。JARIPを元々知っていた方からの質問だと思います。「JARIPを通して51+ FESTIVALなどの活動を知りました。日本で上映やライブの機会があることをどう思いますか?」との質問。映画を撮影していたのは2009年から2012年。ずいぶん前の話ですよね。

監督:韓国ではこの映画が劇場公開、地方でも公開されました。ただ、日本のように上映とライブを一緒にやるということは実現していない。韓国で実現しなかったことが実現したのはとても不思議です。

山本:「インディーバンドがここトゥリバンに集まったきっかけは?」との質問です。

監督:ジンボ政党という政党があります。日本でいうと左派の政党があって、その議員とYamagata Tweaksterにつながりがあって・・・、ジンボ政党は、共産党と言うより社会党で・・・、それから・・・

ヨンマン:(監督の説明が長いので)僕が話します!そのジンボ党のチャン・ドンミンという議員とYamagata Tweaksterが、トゥリバンで毎週土曜にライブを始めました。そこにいろんなバンドが集まってきました。猫も杓子もクズもカスも集まってきて、誰でもライブをやるようになっちゃった。それが大きくなった最終形が、映画に出てきたあの現象なんです。Yamagata Tweaksterとチャン・ドンミンの始めたライブがだんだん大きくなっていった、ということです。もう少し詳しく、なぜたくさんのバンドが集まってきたかを説明します。あそこにはライブしたくてもできない人たちが集まってきたんです。映画でも出ていましたが、ホンデは家賃がすごく高くなって、ライブハウスがどんどん閉まっていった。ライブできる場所がどんどん減っていた中で、トゥリバンはお金を払わなくてもライブをさせてもらえた。溢れちゃった人たちが集まってきた、というのが経緯です。

山本:なるほど。私も初めて聞いた側面です。映画の中で見ると美しい話になっちゃうんですけどね。ヨンマンに聞きたいんだけど、映画の中に出てくるバンドで、「カス」だと思ってるバンドっているんですか?

ヨンマン:まあ、全部かな。

会場笑

山本:私からの質問もあります。今もJARIPに所属しているのは、パク・ダハムとソンゴンですよね?

ホンジン:今はダハムさんだけですね。

パク:さっきその話になったんですけど、ソンゴンの名前がJARIPの名簿から消えてた。それを聞いたら「辞めたよ」って。

ソンゴン:今年5月の51+ FESTIVALの出演メンバーをみたら、(僕たちみたいな)うるさいバンドが入ってなかった。それで頭に来て、お酒飲んで、抜けました・・・。まあ、その前からほとんど活動してなかったんだけど。まあ恥ずかしい話です(笑)。

山本:ヨンマンとホンジンはずいぶん前に辞めてるよね?2人の辞めた理由も聞いていい?

ヨンマン:じゃあ先に辞めた人からどうぞ。(ハ・ホンジンをうながす)

ホンジン:大きく2つの理由があって。組合の規則に、「新メンバーが来たら、元々いた人は委員をやめよう」という規則がありました。それに則ったということと、もうひとつは、トゥリバンの件が一件落着した後、それぞれの求める理想像も違ってきた。それが辞めた理由ですね。

ヨンマン:トゥリバンの件が終わってから、(あそこに集まったミュージシャンたちは)バラバラになっていったということもあります。さらに1、2年経つと、組合のメンバーもどんどん変わっていきました。組合のメンバーが変われば組合の性質も変わってくるし、自分と考えが違ったり、推進の仕方が自分の方法と違ってきて。もう自分がここにいる意味はないな、と思って辞めました。

山本:ここのメンバーでは今ダハムだけがJARIPメンバーということですね。タンピョンソンとYamagata Tweaksterは今もJARIPですよね?

パク:僕と彼ら2人は今もメンバーですね。

山本:この映画をちょっと引いたところからも見たかったので、個人的にはJARIPをやめた3人の話も聞けて、良かったです。

観客A:組合を作って、抜けた人もいて、さらに動きが変わって、という話ですが、「やってみて良かった」って思えるところはありますか?

ヨンマン:うん、良かったなと思いますよ。JARIPはこれからも活動してほしいと思いますし。僕はもうやりませんけど(笑)。

パク:JARIPを作ったことはもちろんいいことだと思います。自分としては、広げることよりも小さくていいのでどう維持していくか、を考えています。自分がなぜ辞めていないかと言うと、自分が辞めた後にこの組合がなくなったら、「昔はこういうことやってたけど今はもうないよね」って言われてしまうのが悔しい。それだけの理由で今もやっているわけではないけれど、自分のできることはこれからも続けていきたいと思います。

観客B:似た質問ですが、この映画の後、ホンデのミュージシャンのみなさんの環境は変化しましたか?自立に向かって歩みをすすめていますか?

ヨンマン:(しばらく考えて)変わっていったというか、悪化した感じはします。いや、ごめんなさい、悪化じゃなくて、「現状維持」ですかね。

パク:個々で見るともちろん当時と状況は変わっているけど、全体像で見てみると、良くなったり悪くなったり、なくなったり、新しくできたり、っていう現象があって。全体でみるとプラスマイナスゼロかなと思います。

ソンゴン:インディーバンド自体が増えないですね。新しいバンドが増えていない。

山本:それは、撮影時と比べて?

ソンゴン:はい。特に僕たちがやってるような(うるさい)音楽は。10代の子たちが僕らのやっているような音楽を聞いていたりすることは考えづらい。

パク:僕はちょっと違った考えを持ってて。ミュージシャンが増えてないということじゃなくて、増えてはいるけど、一緒に活動するような人がいない、ということかもしれない。

ヨンマン:とにかく韓国の若い子はヒップホップばっかり聞くので、僕らがやっているような(グラインドコアやメタル、パンクなどの)音楽は絶滅していくんじゃないかと。歴史の中にうずもれていく運命かもしれませんね。

山本:ホンジンはソウルの今のシーン見てて思うことありますか?

ホンジン:あのときと比べて発展しているとは思わないですね。トゥリバンがあったときは、音楽で食べていけるように、みんな平均的な収入を得ようという問題提起をしていました。その活動によって改善されて、最終的には(一部のミュージシャンは)音楽で食べられるようになった。今はそれが普通になってしまいました。

山本:なるほど。ありがとうございます。次回は10月5日に同じくアップリンクで、同じメンバーでトークやるのですが。内容かぶらないようにしないといけないね。

ヨンマン:大丈夫ですよ。同じ質問でも違うように答えるので。

会場笑



■10月5日 UPLINK FACTORYでのトーク

山本:お客さんからの質問です。「音楽を始めたきっかけは?」

ホンジン:メタリカ。

会場笑

ヨンマン:高校の時にパンクのライブを沢山見に行って、右翼っぽいパンクバンドを観に行くことが好きで。そのとき楽器はできなかったんですが、右翼バンドをバカにする曲を演奏し始めたのがきっかけです。そのあと、2年軍隊に逃亡して、そのあとまた始めました。

ソンゴン:バムソム海賊団はそういう経緯で始めたんですが、その前は、僕は中学生の頃、家で一人でコンピューターで怖い音楽を作っていました。

山本:ソンゴンは14歳ぐらいのときにブラックメタルの一人プロジェクトやってたんですよね。アンダーグラウンドで話題になって、アメリカでリリースして。神童とか言われてたんだよね。なんて名前でやってたんだっけ?

ソンゴン:PYHA。

通訳 清水氏:直訳すると廃墟という意味です。

※参考記事:韓国アングラシーンを揺るがすバンド「バムサム海賊団」がやってくる

パク:若いときはうるさい音楽をあれこれ聞いてました。そのあと、韓国で初めてノイズ音楽を始めたデュオAstro Noiseを聞いて衝撃を受けて、この音楽はなんだろう?と思って。それで家で練習を始めました。ライブ企画を始めたのは中3〜高1ぐらい。自分の演奏を始めたのは高3ぐらいからです。

山本:会場のみなさんはみんなの年齢を知らないと思うのですが、みんなまだ20代だよね。

ヨンマン:……サンジュッサイ。

山本:あ、そうか、ヨンマンは30歳になった。ダハムが1個下で29歳。監督はもちろんもっと上ですよね。

監督:1969年生まれです。

山本:では他の質問。「今のソウルの音楽シーンには、トゥリバンでのあの活動を経験していない世代もいると思います。トゥリバン以前と以降の世代で、政治とのかかわり方の違いはありますか?」

パク:世代と言うよりは、時代時代にミュージシャンがいる。世代で分けて考えるのはナンセンスじゃないかなと考えています。

山本:じゃあちょっと質問を変えますが、トゥリバンを経験してきたバンドと、トゥリバンが新しくなってからできたバンドに、意識の違いはあると思いますか?

ヨンマン:トゥリバンでライブしていた当時は、トゥリバン周辺と関係持たないミュージシャンと、僕たちで、分かれていました。トゥリバンでライブしないミュージシャンの中には、僕らのようなミュージシャンを本当に嫌っている人もいました。

山本:それって、最後の描写で出てくる、「政治運動圏バンドか?」っていう話と繋がる部分?

ヨンマン:そうです。

山本:嫌われてる、って具体的にどういうことで感じた?Twitterで何か言われてるとか?

ホンジン:Twitterとかよりも、会った時に挨拶してくれないとか。あと、自分のいないところで悪口。今は、そんな人とも挨拶するようになりましたけどね。当時は、「左派のミュージシャンだ」と偏見を受けてました。

山本:なるほど。では他の質問。「エンドロールの選挙のような映像はなんですか?」

監督:2012年11月の大統領選挙です。ここにいるミュージシャン達の友達で、パク・チョングンという写真家の方がいて。彼は国家保安法で捕まったことがあるんですけど。その人が提案したイベントで、選挙結果のテレビ番組を見ながらライブをしていた企画です。面白そうだと思ったので、撮影に行きました。

通訳 清水氏:補足です。パク・チョングンって人は、北朝鮮のネタをずっとツイートしてて、それで捕まったんですね。

山本:私も一度会ったことがあって。JARIPの今の拠点をシェアしてるカメラマンですね。今、ホンデではない場所にJARIPの拠点があります。四角い部屋で真っ二つに分かれてて、片方はフォトスタジオ、片方はライブスペース。twitterのアカウント名は「seouldecadance」ですよね。私が今年3月に会ったのは、捕まった後でした。じゃあ、あのエンドロール映像はライブもやりつつ、選挙ビューイングをする感じだったんですか?

監督:そうですね。パク・クネが大統領になるときの選挙速報を見ながらライブしてました。結果、パク・クネが勝って、若者はみんな残念で、絶望した気分でした。パク・ダハムのPCで選挙速報を流していたんですが、結果が出たとたん、PCがダウンしたんですね。

山本:それがあの青い画面でエラーになっていた?

監督:そうです。それが偶然で面白かったです。

山本:じゃあまた別の質問。日本のことと重なる状況もあるのかなと言うことで。たくさん書いていただいているけど絞ります。「日本の最近のデモをどう思いますか?韓国では報じられていますか?」

ホンジン:Twitterではすごく出ていますよね。ニュースには出ないかな。

ヨンマン:ニュースでも良く言ってるよ。

ホンジン:あ、僕は家にテレビがありません。

会場笑

ヨンマン:ポータルサイトにもメインで出てますよ。

山本:みんなは、個人的にどう見てるの?

監督:韓国で戦争反対のデモをしたところで、10万人は来ないんじゃないかなと思います。戦争反対デモで10万人集まっているから韓国の人は驚いています。

山本:その感覚は絶対違いますよね。みんな兵役を経験しているし。みんな2年ずつ行ってるの?

パク:僕はその頃体が悪かったので、軍隊の事務みたいな仕事で2年行きました。

山本:こんなときに聞いて良いのかわからないけど、もし答えてくれるなら聞いていいですか?兵役ってどうでした?

ヨンマン:バムソム海賊団の歌詞は、軍隊について書いていたりしますね。行く前は、ほんとに行くのが嫌でした。

山本:ソンゴンも嫌だった?

ソンゴン:うん。

ヨンマン:ただ、二重の思いがあるんです。行くのすごく嫌なんですけど、韓国人だから行かないといけない。ちょっとそこに誇らしげな気持ちもある。行って、帰ってきたときも愚痴を言うけど、ちょっと自慢みたいな気持ちもある。嫌いなんだけど、行って当然みたいなところがあるので、兵役行ってきた人は行かない人に対して悪く思ったりもする。でも、軍隊行って帰ってくると、自分がバカになった気分になりましたね。

ソンゴン:あ、僕は今、軍隊(迷彩柄)のズボン履いてるけど、これは軍が好きなんじゃなくて、ファッションとして履いてます。

会場笑

山本:なるほど。ありがとう。面白い質問が来ています。「些細なことで構いません。最近一番腹が立ったことは何ですか?」とのこと。プライベートな話でいいのかな。どういう答えが面白いかは、それぞれで決めて下さい(笑)。

ホンジン:(ヨンマンを指して)この人は毎日怒ってますよ。

パク:最近、お金を稼ぐために大きな企業の仕事をしたりします。企業に頼まれて、DJイベントをやることが多いんですが、開催してからお金が入るまでに2か月ぐらいかかります。イベントにかかった経費とか出演者へのフィーを「立て替えておいて」と言われる。「それはない!」と反論してなんとかお金出してもらった。そうやって支払い遅らされると、結果、3ヶ月後に出演者にミュージシャンにお金がいくことになる。

山本:でも、日本は後払い、請求書払い、増えてきてますよね。プレイガイドでチケット発行すると、売上受け取りに1か月ぐらいかかっちゃうことがある。2か月後にギャラ渡すとか、インディーシーンでは増えてきているのかなと思います。

パク:違いは、それがわかっていても前もって言ってこない。腹が立って、支払い遅延に反対するためのイベントもオーガナイズしました。

山本:ヨンマンはいろいろあるでしょう?

ヨンマン:僕は全然怒らないですね。こいつ(ソンゴン)はよく怒ってますけどね。人の悪口言ったり、喧嘩したり……。
(他のミュージシャンが笑う)

山本:いやいや、ツアーで様子を見ていると、あり得ないですね(笑)。

ソンゴン:この人(ヨンマン)は、暑かったり腹減ったりしたらすぐ怒る。食べて、暑くなって、汗かいたらすぐ怒る。道歩いてて、前の人がちょっと止まったりしたらすぐ怒る。

会場笑

山本:他の質問。「ヘチってなんですか?」バムソム海賊団の曲だから2人に答えてもらおうかな。ソウル!シティ!デザインシティ!っていうあの曲ですが。

ヨンマン:何年か前に作られた、ソウル市のマスコットキャラクターです。そのとき市長が、ソウルをデザインシティにしようとマスコットをつくりました。昔あった想像上の動物がモチーフになっています。そのとき市長は「デザインシティ」と謳って、古い建物を壊して再開発を進めたんです。ヘチが再開発のシンボルだという考えもあります。ぜんぜんかわいくないし。

山本:デザインシティって、世界デザイン首都も絡んでいると思うんですが、2年周期で世界のいろんな市をまわっていて、2016年は台北だから、台北もどうなることかと私は思ってるんですよね。ソウルが世界デザイン首都になったのは2010年?

ヨンマン:2010年です。

山本:じゃあまさに、この映画は2010年ごろにも撮られていたのでそのデザインシティの真っ最中だったんですね。

観客C:うどん屋は今どうなっているんですか?

監督:映画でもそのシーンが出てきますが、新しい場所で営業しています。ホンデの中ですが、何百メートルか離れたところで営業しています。2010年から比べると、観光地として発達しました。だからホンデで事業をしようと思うと、フランチャイズじゃないと厳しい状況になっています。ユ・チェリムさんが今呼び込みしてますね。

山本:最後、私から質問を。さっきも話に出てきたけど、5年ぐらい前の話がこの映画。自分たちの若い頃が映されていて、今それを日本の人たちが観ている。どう思いますか?

ホンジン:今も若いです。

山本:そうだよね(笑)。

ホンジン:裸になったみたいな感じで、恥ずかしいですね。

ソンゴン:映画の中でインタビューされる場面があります。監督が聞きたい言葉が出るまでずーっと質問するので、(会場笑)映画を見ると、「あれ?自分こんな話したかな?」と思うところも。自分があまり知らないことを知ったかぶりで話してるな、と思うところもあります。映画を見て(ヨンマンと)二人でびっくりした。自分たちが頭いいフリしてる、って(笑)。ちょっと恥ずかしい感じですね。

ヨンマン:(しばらく考えて)うーん……、恥ずかしいです。いろんな考えが出てくるので一言では言えないですね。悲しみと喜びが混じったような気持ち。

ソンゴン:あとから見て、意味があることをしたんだなと映像で確認できるから、それは良かったかなと思いますね。

山本:JARIPを抜けた3人にまず聞きましたが、今も組合にいるパク・ダハムはどう?

パク:映像が残っててよかったと思います。トゥリバンに関して残ってる映像はこれしかないので。何度もこの話はするんですが、僕たちにとっては卒業アルバムみたい。他の国でこの映像を見てもらうことが不思議な気持ち。韓国で観られたときは恥ずかしい気持ちが大きいけど、他の国でYamagata Tweaksterの話とかJARIPの話をするということは、不思議であり、うれしい気持ちでもあります。


構成:山本佳奈子
Continue Reading

タイポグラフィの祝祭ソウルTypojanchi2015
レポート


世界で唯一の国際タイポグラフィ展ビエンナーレ「Typojanchi(タイポジャンチ)2015」。4回目を迎えるTypojanchiには、世界各国のデザイナー、タイポグラファーが参加し、テーマは「都市とタイポグラフィ」。メイン会場はソウル駅前の、旧ソウル駅舎Culture Station Seoul 284。11月11日にオープニングを迎え、12月27日まで開催中。これからソウルに訪れる予定のある人はもちろん、訪れる予定がなかったとしても、日本から格安路線で日帰りで観に行くことも可能な距離。

Offshoreとして見逃せない展示、作家作品もいくつかあったため、Typojanchi 2015オープニングとともにソウルへ渡航。詳細な所感は後に別の形で発表するとして、ここでは簡単にレポートを掲載する。
また、11月21日(土)、大阪市BOCOにて開催される<ソウル国際タイポグラフィ・ビエンナーレ「Typojanchi 2015」報告会>では、今回TypojanchiでキュレーターやNewsletter Projectの顧問委員を務めた後藤哲也さん(OOO Projects代表)、デザインリサーチャーの久慈達也さん(Design Museum Lab主宰)とともに、誠に恐縮ながらOffshore山本も登壇させていただきます。


Typojanchi 公式web http://typojanchi.org/

( )on the Walls
ソウル駅2番出口から地上に上がると目の前に会場が現れる。会場付近や街に掲示してあるフラッグのデザインも、このTypojanchi展示のひとつであり、「( )on the Walls」として館内に展示されている。6名の海外の都市を拠点とするデザイナーがテーマ「C( )T( )」をそれぞれの解釈で表現し、それがTypojanchi 2015のポスターとなっている。弘益大学周辺にも同じフラッグが掲示されている。


写真左上は、Offshoreでも紹介した台湾台北市を拠点に活動するグラフィックデザイナー、聶永真(Aaron Nieh)氏によるポスターでタイトルは「Lost in Translation」。


メイン会場、Culture Station Seoul 284に入る。入口のiPad端末ではいくつか質問に答えるとレシート型のプリント機で自分のIDと、自分へのおすすめ作品ガイドが発行される。レシートに書かれたURLにスマートフォンでログインして(要ネット環境)展示を見ながら、足下の文字を辿り答えていく。出口のiPad端末で、また自分のIDを発行して、自分への都市にまつわる“答え”のようなものがプリントされる。Typojanchiにこれから行く人は、インターネットができる環境で行くとより楽しめるだろう。(会場にはフリーWi-Fiなし。)



Jongno( )ga
1F奥廊下部分に展示された Jongno( )ga では、韓国の若手タイポグラファー、若手デザイナーの作品を多く見ることができる。ソウルの孔版印刷所「Corners」も参加。孔版印刷の印刷作業のみならず、Cornersを運営するチームは普段からデザインも請け負っている。


そして同じく Jongno( )ga には、Shin Dokhoの作品も設置されているとのこと。(※どの作品がShin Dokho作品だったのか特定できていません。これからTypojanchiへ行く人はぜひ、どれがShin Dokho作品なのか、ぜひ教えてください。)Shin Dokhoの最新作品は、ソウルのブルースミュージシャンHa Heonjinのカセットテープジャケットデザイン。

Ha Heonjin 最新作『나아진게 없네』



Newsletter Project
Newsletter Projectのコーナーには、Typojanchi 2015に向けて全5回発行されたNewsletterが積まれている。Newsletterの発行は、書店The Book Societyを運営するMediabus。編集は、Mediabus並びにThe Books SocietyディレクターのLim Kyung Yong氏。デザインは、ソウルHelicopter Recordsのリリース作品や映画『パーティー51』韓国本国でのアートディレクション(タイトル字タイポグラフィ含む)を担当したShin Dongheokと彼のパートナーによるデザインファームShinShin。全てバイリンガルで発行。


ASIAN TEXT/URE
そして2F ASIAN TEXT/URE はキュレーションを後藤哲也氏(OOO Projects)が担当。先ほどのShinShinはソウルで見つけた異国の地を表すタイポグラフィを、他、バンコクからは作家のプラープダー・ユン氏がビビッドなタイらしい色のタイポグラフィを、Javin Mo氏は、香港の消えゆくタイポグラフィを。それぞれその都市に根ざすデザイナーがその都市に溢れる文字を集め、計7都市、360度に配置された7つの画面で一定間隔で写真が移り変わる。北京、ベトナム、台北、バンコク、香港、シンガポール、ソウル。都市の特徴、社会や経済も垣間見え、また、それぞれのデザイナーやアーティストたちのインディビジュアルな都市への考え方も浮かび上がってくる。自分の視線次第で別の都市に瞬時にスイッチングできてしまうことは奇妙でありながら、同じアジアとひとつに括っても、それぞれまったく違った多様な文化を持つことをこの展示室内で感じさせられる。特に、あまり人のいない時間帯に、中心に立ってじっくり眺めることをおすすめ。




WORKSHOP PROJECT: A CITY WITHOUT ( )
A CITY WITHOUT ( ) では、韓国の学生による展示が集められている。学生らしく、タイポグラフィを生き生きと大胆に使った作品が目立つ。韓国のデザイン界をこれから担うであろう学生達の作品は、瑞々しく、また、そのストレートな主張や表現を楽しめた。

他にも注目作品は多々。推奨時間は3時間以上。じっくり展示を観てそれぞれの意図や背景を読み込むなら、数日に分けて訪れた方が良いだろう。


Open Talk
また、11月12日に開催されたOpen Talkの一部にも参加してきた。
弘益大学で客員教授を務めるKim Doosupは「街なかに溢れる、非プロフェッショナルが作った看板やサインのほうが、時として強く訴えかけることがある」と言い、多くの事例を写真で紹介。テンポよく切り替わる写真は、まるで街の「おもしろ看板コレクション」。会場から何度も笑いが起こる。

ASIAN TEXT/UREのトークでは、全体的なキュレーションとコンセプトについて後藤哲也氏が説明する。後藤氏も言っていたように、一般的にはユーラシア大陸のヨーロッパ以外を指す言葉がアジアであり、一部の地域を指す言葉としてアジアが的確なのかどうか。認識しておくべき言葉の定義であり、アジアという言葉の広義を捉えることで、それぞれ7都市のあまりにも違う個性と特徴を飲み込めるような気がした。
続いてASIAN TEXT/UREのプログラミングを担当した萩原俊矢氏から、360度で見せる展示のテクニカルな部分やプログラマーとしての解釈について説明があった。この展示を見たときに、自分のそれぞれの都市での体験を思い出す感覚。それは「記憶とのインタラクティブな関係をつくりだす」と萩原氏の言葉で表現された。シンプルな展示形態でありながらも、強烈にそれぞれの都市の残像が頭に焼き付いた。



確かに私がアジアの各都市に出かけるときも、いつもその都市の顔となる字体を見ると、再びこの街に帰ってきたと安堵する。例えば香港で、あの堂々とした地下鉄の美しい駅名(Serif)を見たとき。高速鉄道で北京に辿り着いたときの駅名表示「北京南站」(sans-serif)は、ここから迷路のような胡同に飛び込む心構えをさせてくれる。バンコクに着いてセブンイレブンに行ってみると、現地の新聞一面のおどろおどろしい事故写真とハードコアな書体のタイ語見出しに気を引き締める。

Typojanchi 2015ディレクターのKymn Kyungsun氏が寄せたテキストにあるように、私たちは都市で生活するうえで、視覚をタイポグラフィに占拠されている。道路標示、道案内、広告、看板、落書き、ありとあらゆる文字とその書体に。

ソウルでも例外なく、私は、街に溢れる広告、看板、駅の表示、バスの行き先、ありとあらゆるハングル文字に目をひきつけられている。ハングルを読めないながらも。もちろん、Typojanchi 2015はハングルを読める人の方が数十倍も楽しめる展示であることは間違いない。海外からのキュレーター、作家も多く参加しているが、全体としてはハングルを使った作品が7割以上を占めていたと思う。しかしキャプションや現在公開中のwebはすべて英語表記されているため、いったいどういった意図でそのデザイナーやタイポグラファーがその作品をつくったのか、考えと書体イメージの表現を知ることが出来る。とにかく、この場では生き生きと踊るハングルを膨大に眺めることができる。文字中毒の人たちはもちろん、文字に携わる人は、文字と都市の関係を熟考する特別な機会になる。日本に帰国してから、この祝祭での配布物やNewsletterを読み、頭のなかの残像を思い浮かべては、また会期中にソウルに行けやしないだろうか、と策略している。

テキスト・写真・構成:山本佳奈子
Continue Reading

event: FEN & NAKASANYE Japan tour大阪編



大友良英氏の呼びかけにより生まれた、アジア4ヵ国のミュージシャン4人編成の即興音楽グループ“FEN” (Far East Network)、大阪でのライブが決定。大阪HOPKENにてNAKASANYE、江崎將史氏との共演。Offshoreがコーディネイトで協力しています。
一軒家を改修した温かみのあるHOPKEN 2Fイベントスペースにて、世界で活躍する実験音楽家を間近に見られる絶好の機会です。平日の開催ではありますが、音楽家の出す細やかな音をぜひ感じに来て下さい。
(※大友良英氏は出演しません。FENはYan Jun、Yuen Chee Wai、Ryu Hankilの3人編成となります。)

FEN & NAKASANYE Japan tour 大阪編 at HOPKEN

ACT:
FEN (Yan Jun + Yuen Chee Wai + Ryu Hankil)
NAKASANYE (Antonin Gerbal + Joel Grip + Daichi Yoshikawa)
江崎 將史

OPEN 19:00 / START 19:30
前売¥2000 / 当日¥2500(without 1drink¥500)
予約: hopken.com

FEN (Far East Network)
大友良英の呼びかけにより生まれた、アジア4ヵ国のミュージシャン4人編成の即興音楽グループ。メンバーは日本の大友、北京のヤン・ジュン、シンガポールのユエン・チーワイ、そしてソウルのリュウ・ハンキル。2008年フランス、マルセイユMIMI Festival に出演を切っ掛けに結成。メンバーは単に優れた即興演奏家というだけではなく、それぞれの都市でオルタナティブなシーンを作り続けている重要人物達であ り、さまざまなシーンの橋渡しとなるネットワークの要になっている人たち。特定の拠点を持たず、旅をしつづけるなかで進化をつづけている。現在まで韓国、 シンガポール、中国、タイ、日本、スイス、イギリス、イタリア等で演奏。今後には北欧、およびオーストラリアのツアーが予定されている。

■Yan Jun(ヤン・ジュン)
http://www.yanjun.org/
1973 年生まれ、北京在住の詩人、音楽家、音楽評論家、イヴェント・オーガナイザー。ライヴではノイズ、フィードバック、ループ、ヴォイスを使って演奏。また、 フィールド・レコーディングやサウンド・インスタレーションもおこない、それらのCD作品を発表している。さらに Kwanyin Records / Sub Jam レーベル・オーナーとして、中国人アーティストの作品を数多くリリース。「Mini Midi」フェスティヴァルや「Waterland Kwanyin」コンサート・シリーズを企画・主宰。自身の詩集や評論集の出版と、まさに八面六臂の活躍を続ける中国エクスペリメンタル・ミュージック界 の第一人者。

■Yuen Chee Wai(ユエン・チーワイ)
シンガポールのデザイナー、写真家、音楽家。音楽家としては、ドローン、ア ンビエント、フィールド・レコーディングを用いたサウンドを探求。ダンス、映画、TV、ラジオの音楽を制作する一方、hellokittyriots や Light of the South などのバンド・メンバーであり、シンガポールのサウンド・アーティスト集団 sporesac (Singapore Sonic Arts Collective) の創立メンバーでもある。




■Ryu Hankil(リュウ・ハンキル)
1975 年、韓国ソウル生まれ。デザイン会社勤務、ポップ・グループのキーボード奏者、そしてソロによるエレクトロ・ポップ・プロジェクト活動を経て、現在は主に アナログ時計を "楽器" として使い即興演奏をおこなう。2005年に月例コンサート・シリーズ「RELAY」を、2009年には新たなコンサート・シリーズ「Table Setting」をスタートさせる。また自主レーベル Manual を立ち上げ、CDや雑誌を制作・出版。韓国はもとより、日本、中国、欧州でも演奏をおこない国際的に高い評価を得て、まさに韓国の新たな即興シーンを牽引 する立役者のひとり。



NAKASANYE / наказание (ナカザニィエェ)
наказание / NAKASANYE(なかざにぃえぇ)とはロシアの言葉で罰することを意味する。3人の音楽家は、氷点下26度のシベリア、ケメロヴォからツアーを開始した。様々な人々との出会い、会話、好きなこと、嫌いなこと、食事、睡眠、彼らがともに過ごした時間、あらゆる物事のすべてが、旅の中で探し求めている音楽の”材料”となる。トム川も、シベリアのすべては真っ白に凍る。窓の外から見る景色は、いつも想像していたものと同じではない。

■Joel Grip(ヨエル・グリップ)sweden / double bass
http://www.umlautrecords.com/people/joel-grip/
https://vimeo.com/78743238

■Antonin Gerbal(アントニン・ジェルバル)france / drums
http://www.umlautrecords.com/people/antonin-gerbal/
http://antonin-gerbal.tumblr.com/projects/duo

■吉川大地 japan / feedback
http://llln.org/
http://daichiyoshikawa.tumblr.com/
Continue Reading