台湾の友人に聞いてみた「師大路ってどうなの?」アンケート

台湾で強烈なアンダーグラウンド臭を放っていたライブハウス『地下社會』が、6月15日をもって閉店。ラスト数日間は閉店を惜しむべく、台湾インディーシーンの有名バンドが出演。そういえば2012年の夏も、消防局の検査に引っかかって一時閉店。その後またうやむやに(?)再開したようだったが、今回はついに、やはりその「消防法」が原因で閉店することとなったらしい。

これが地下社會だった。facebookなどの情報によると、もう壁のペイントも消され、完全に退去したらしい。

一人の地下社會スタッフを知っているので「閉店するの?なんで?本当に残念だよ。」とメッセージを送ると、
「そう、6/15閉店だよ。消防法の問題が多くてね。」と、さらっとした一言のメッセージが返ってきた。潔い。

しかし、あの地下空間はいつも若い音楽好きに挑戦させるという意味でオープンだった。駐在中や留学中の外国人の面々もパブ使いしてローカルのバンドを眺めている感じが、それは私の知っている台湾らしくなくて、大好きな場所だった。ありがとう、地下社會。

地下社會閉店の話である程度台湾を知っている人が行きつく疑問が、「じゃあこれから師大路周辺はどうなるんだろう?」ということ。地下社會が位置していた通りは師大路と呼ばれるストリートで、名前の通り、師範大学から続く通りである。この師大路周辺にはカフェや音楽・古本のショップ、アパレルショップがわんさか並び、そして師大夜市(ナイトマーケットと呼ばれる屋台通り)もある。師大路沿いには小休憩できるようなベンチ・小さな公園があり、台湾の若者や外国人留学生がここでたむろしている。“台湾の下北沢”や“台湾の原宿”と呼ばれたこの地域、サブカルチャーに魅せられたことのある日本人なら「予感」を感じるだろう。

だが最近では、近隣住民が「騒音に迷惑している」として、運動を行なっているのも事実だ。2012年8月、完全にノンフィクションと台湾に行った時に、師大路の裏路地を入ったところにある集合住宅に横断幕がかかっているのを見ていた。何と書いてあったかはっきり思い出せないが、「深夜にまでおよぶ騒音に近隣住民は迷惑している」というような内容だった。地下社會が閉店し、師大夜市も閉鎖したとニュースで見たし、このカルチャースポットは衰退していっているのだろうか。

ここで私が思い出したのが、“アメリカ村”だった。大阪を拠点に今まで生きてきて、アメリカ村ほど切ないというかいろんな感情の渦巻く地域はないだろう。確かに私は中学・高校時代にアメリカ村で遊び、当時もう衰退期となっていたアメ村の古着屋や服屋で店員からの執拗なすすめに負けて服を買っていた。10年以上も前になるあの頃は、衰退期と言えどもアメリカ村で音楽や何か面白いことが起こっていた記憶はあるが、今となっては私も私の周りの人もほとんど足を踏み入れない地域となっている。特に私は、よっぽどの用事がなければあの区域に入りたくないと思っている。とは言いつつも、なんだかんだ月1回ぐらいはあの地域を横切ったり通過したりするが、私が知っている15年ぐらい前の風景と比べると、様変わりしたし、何しろ、当時あの地域を歩いていた人に、これほどアメリカ村から人がいなくなることを想像できただろうか。

最近たまたまアメリカ村の変遷を人から聞く機会があって、私より年上の、“かっこよかった”頃のアメリカ村を知っている人の話では、盛り上がったアメ村に大企業が参入してきたことが、歯車が狂い始めたきっかけだったんじゃないだろうか、とのこと。それ以外にも、大阪独特の商売方法やセンスや歴史も複雑に絡み合ってくるので、あの地域がなぜ今ああいう風に変わってしまったのかは誰もが自由に考えられる分、正解も不正解もない。そしてやはり、町にも繁栄と衰退は必ずあるだろうし、基本的には人がこの世にいる限り、アメリカ村でなくても大阪のどこかで面白い事は起こっている。

もしかすると、台湾の台北市で若者カルチャーの最重要ストリートだと私が思っていた師大路は、もう、その衰退期に入ったのではないだろうか?海外に行く時にいつも感じるのは、観光客が外から見たその場所と、ローカルの人がその場所に抱いている気持ちのギャップだ。現に、私は最近数人のアジア出身の友達をアメリカ村に連れていって、「感想は?」と聞くと「この街かっこいいね」と言われ、がっかりしたことがる。大阪人にとって今のアメリカ村は手放しに自慢したりカッコいいと言えるような場所ではない。だが、何も知らない外国人には、あのグラフィティやステッカー、多数のショップの並ぶカオスが、日本の他の地域と違ってかっこよく見えてしまうのだ。だとすると、きっと、台北在住のローカルの人たちには師大路だって今は賛否両論の時を迎えているんじゃないだろうか。さらに、私の台北の友人が待ち合わせ場所に師大路周辺を指定したことはない。そこで、今回は4人の私の友人を選び4つの質問を投げかけた。4人ともアートやカルチャーには関わっているが、年代が違い、活動するフィールドが違う。
ちなみに、地下社會の閉店に関しては、全員が残念に思っているという旨の答えで一致した。また、全体を読むと、日本人ほど台湾の人は町や地区や場所自体にあまり執着しないのかもしれないとも思った。今後の台北カルチャースポット師大路に期待と想いを馳せ、台湾の名ライブハウス、地下社會へのレクイエムとする。



質問
①どれぐらいの頻度で師大路に行きますか?

②カフェや古本屋、ショップが連なる師大路周辺では、若い大学生がただおしゃべりするためにたむろしていたりして、そういった雰囲気が私たち外国人にはエキサイティングで、良い印象を持っています。でも実のところ、台北のローカルであるあなたは師大路が好きですか?

③師大路周辺の店や集まっている若者からの深夜までに及ぶ騒ぎ声が、周辺住民の生活を妨げていると聞きました。住民は運動を起こし、政府もこの地区に対する取り締まりを強化していったと。あなたは政府が取り締まりを強化したことは正しいと思いますか?

④師大夜市はなくなったという話も聞きました。ライブハウス地下社會は閉店します。この次、師大路周辺で何が起こると思いますか?




回答者:ダワン・インファン
(台北在住アーティスト。ノイズやサウンドアートを軸に、オタクサブカルチャーを彷彿とさせるパフォーマンスまで。
日本に5年以上住んで活動していたことがあり、難波ベアーズやアメ村の「ニューライト」が大好き。)

①その周辺に住んでいませんが、打ち合わせのために行きます。
②ただ台北の片隅に過ぎませんので、別に好き嫌いとかはないです。(特に地下社會が閉店してから)
③くたばれ台北市政府め!と思います。小さいライブハウスが減れば減るほど、台湾のインディーズ・アングラ・サブカルシーンの萎縮が止まりません。
④平壌化。
>>>と、ダワン・インファン氏らしくぶっとんだ回答だったので、「でも、ダワンさんが打ち合わせ以外では師大路に行かない理由は?」と聞くと、「ほとんどのカフェとアパレル屋、古着屋が追い払われまして、残ったのはぼったくりなみせばかりなのでちょっとしらけました。」とのこと。その経緯について少し掘り下げて聞いてみようとしたが、あまり掲載できる話ではない、とのこと。


回答者:フーシン・フェン
(台北在住キュレーター。台湾台北で行なわれる月例イベント『失聲祭』のプロデューサーを約6年担当した。他にも、台北コンテンポラリーアートセンター略称:TCACの運営・企画にも携わる。)

①月に4回ぐらいか、もう少し行ってます。
②もちろん好きです!ですが、私は単にあの場所に通う人間で、他の地区に住んでいます。もし私が師大路周辺に住んでいたら、違う答えだったと思います。
③政府が取り締まりを厳しくした理由は、騒音問題や師大路の若者の問題だけではないと思っています。そこにはおそらく、都市再開発の目的もあるんじゃないかと。大安区(師大路の含まれる行政地区)は、今不動産の値段が高騰している地区です。
④師大夜市はこの数年でいろいろ変化しました。たくさんのカフェや良いレストランが引っ越したり閉店したり。そして服屋がどんどん出来てきています。この先師大路周辺に何が起こるか、まったくわかりません。でも、師大路周辺のこの空気こそが、変化と衰退を繰り返す台北の他の地域と違うポイントだと思っています。


回答者:バブー・リャオ
(台北在住舞台演出家。奇抜な演出が台湾の若者から絶大な人気を得ている演劇集団『Shakespeare's Wild Sisters Group』で演出家を務める。)

①師大路周辺には打ち合わせや友達と会う時に行きますが、むしろ師大路周辺と言うより、裏手にある永康街の方が良く行きます。
※永康街とは比較的落ち着いたエリアで、日本っぽい居酒屋や古い家を改造したカフェが所々にある。昔のアメリカ村で言うと、距離的・雰囲気的にも“堀江”の感覚か。
②特に師大路に強い感情は抱いていません。人が多すぎますから。永康街のほうが師大路より静かでいいですね。
③私が実際に見たり聞いたりする師大路についての問題より、より複雑にしてしまっている質問のように思うのですが、ただ私はこのあたりの出来事に深く関心を持って掘り下げていないですね。
④地下社會はたくさんの人にとって大事な場所でした。かつて一度地下社會が閉店したとき(2012年7月)、師大路の魂のようなものがなくなった、と、思いました。将来、師大路はとても退屈な町になるでしょう。

師大路から少し路地に入ったところにあるカフェ居酒屋ZABU。このあたりの個人店は、こういった風にステッカーやフライヤーの集積所となっている。
※追記(7/9):このカフェも最近師大路を離れ、士林へ移った、と知人が情報をくれました。


回答者:アンソン
(台北在住のマカオ人。台北では音楽のオンラインショップ『NODE CULTURE』を運営。マカオでは本・音楽の複合ショップ『Pin-to Livros&Musica』を経営。)

①ほとんど毎日行きます。
②難しいですね。私にとっては、いい場所ですが、でも周辺住民の人が嫌うのも理解できます。騒音に、嫌な匂いに、汚さに・・・。そして、この問題には都市再計画も絡んでいます。一部の人は、あの周辺の不動産にいかに高値を付けるか、を考えていますし。
③政府は一時は師大路周辺をあなたが考えるような“Interesting”なエリアとしてプロモーションしようとしていました。政府は師大路の一部のエリアを「南村落」と名付け、たくさんの店がこのエリアに参入してきました。そしてその大部分はあなたが思うような音楽や本のお店ではなく、流行りのアパレルショップ、流行りのレストランなどです。それによって、観光客はこのエリアに押し寄せ、それが結局地元住民との確執となってきているわけですから、政府はこの「南村落」地元住民と観光客とのバランスをコントロールするべきだったと思っています。地元住民および一部の不動産事業者から政府に対してプレッシャーがかかったので、政府はその通りにこのエリアの取り締まりを遂行し、今まで「南村落」をどういった理由で観光客にアピールしていたのか、そこには文化的なアピールポイントがあったはずなのに、そこを完全に忘れてしまっているのでしょう。
④大学生たちにとって夜市は安食堂として人気で、この師大路周辺に夜市のようなものはまだ存在しています。ですが、以前のように簡単に拡大していかないでしょう。この師大路周辺全体を見渡すと、どんどんキレイでラグジュアリなビルが建設されていっています。現に今それらを見ることができますよ。中級向けのレストランやチェーン店が増え、全体的に高級なものが増えてきているように思います。




テキスト・編集:山本佳奈子