【trip report】台北3日間レポートday2-3: 台湾のアートイベントを観戦?


今回台北に行くと決めて連絡した台湾の友人たち、みんなが私に勧めたイベントが『爆力的香蕉|Violence Banana』だった。開催されている場所、空場(Polymer)も最近様々なイベントが行われているようで気になる。いろいろと予定を流動的にして、台北2日目はまず本屋でブックスタジオの下北沢世代を訪れ、そのあと空場(Polymer)へ向かう。そういえば、昨日UNCOVERで会ったYAO, Chung-Hanが、「失聲祭はこれから空場に場所を移すよ」と言っていた。

台北3日間レポートday1はこちら

まずは、移転した下北沢世代へ。ペット用のインコ、文鳥、オウムなど鳥ばかりが販売されている謎の通りを抜けて、下北沢世代のあるビルへ。以前と同じく、1Fでインターフォンを鳴らしてオートロックを開けてもらい、ビルの中に入る。惜しくもDavidが逝去し、Moniqueが現在一人で運営する下北沢世代。移転後も、以前の場所の空気をそのまま持ってきたような、風通りの良い素敵な空間だった。台湾のzine出版レーベルnos:booksとの共同作業も増えたようで、訪れた時はnos:booksの作品をメインに展示・販売していた。ちょっと笑いを誘うようなサブカルチャー臭を放つ本・zineから、厚みのある味わい深いアートブック、そして雑誌まで。点数も増え、Moniqueの本を愛する姿勢は健在。少ししか滞在できなかったが、また時間があるときにここでのんびり過ごしたいと思う。


nos:booksと一緒に刷ったという、リソグラフのポスターはTake Free。


ところで最近、台北市内ではコミュニティサイクルが活躍中。2年前に台北を訪れた時は、この自転車を見ることがなかった。あらゆる台北MRT駅の駅前にポートが設置されており、メンバー登録するとポートで借りて他のポートで返すことができる。このオレンジ色の自転車に乗って走っている人をたくさん見かけた。私の住む大阪でも最近いくつかのコミュニティサイクルが導入されたが、ここまで頻繁に地元の人に使われてはいない。確かに、各駅にポートがあれば便利だし、私も使いたいところ。

私も次回台北に訪れた時はぜひ使ってみたい。ポートから自転車がすべて出払っているということはあまりなく、大抵使える自転車が止まっている。休日だったので、サイクリングに使うような人もいれば、通勤か用事で使っているのか急いで自転車をポートから外して乗っていく人も。もう、すっかり台北の人たちの間で馴染んでいるようだ。

そして、今日の一番の楽しみ、『爆力的香蕉|Violence Banana』へ。
facebookイベントページ:https://www.facebook.com/events/1465172237070826/
空場(Polymer)に向かう。台北MRTの唭哩岸駅を出てMRT線の南沿いを西へ。少し大きな交差点をわたると、目の前に「空場(Polymer)」のロゴ看板が現れるので、矢印の向く方向へ曲がる。






工場の裏側のような路地を進み、少し不安になるがそのまま道なりに進む。急激な坂を上ると、その上に空場(Polymer)が現れる。
入り口の受付には、「爆力的香蕉」の垂れ幕とテーブル、テーブルの上にバナナが並ぶ。受付にいたスタッフに、「無料ですか?」と英語で訪ねると「どうぞどうぞ」と中へ促される。「バナナはセルフサービスです。」と。


奥へ進むと、いくつも台湾のアーティストによる作品が展示されている。facebookイベントページを見たときにだいたいわかっていたが、このイベントは、あの台湾ひまわり学生運動を経て、それをヒントに企画されたもの。台湾の国歌(?)を怪しく歌う人物を映し出す映像作品や、日本の成田闘争時のニュース映像を利用した作品も。そのとき説明してくれたスタッフは、「バナナにも意味があるんです」と。後から聞くと、3月に学生たちが立法院を占拠した際、元議員がその様子を映像で見て「バナナ」に見間違えたことから来ているらしい。

ひまわり学生運動にも、面白いパフォーマンスやらでfacebookや現場を賑わせていたアーティスト、黄大旺(ダワン・インファン)氏に連絡を取ってこのイベントについて聞いてみた。

“要するに3月からの「太陽花デモ」を皮切りに出できた社会運動
そして今回の企画に参加するアーティストの回想とフィードバックなどです
わざとパーティーに仕立てて、デモの「暴力的→理性的」、
そして「理性的→カーニバル的」推移について考察してみるという。”

とのこと。

なるほど。お祭りのようにぶらさげられたデコレーションは、あの立法院占拠の頃に発行された新聞であったようだし、イベントは全体を通して、何か暴力的ではあるけれどシリアスではなく笑いに昇華してパーティーのようにワイワイとしている。


ぼーっとパフォーマンスや展示を眺めていると、レッドブルのクーラーボックスを持ったスタッフに「1本どうぞ」と声をかけられる。とっさに「いくら?」と聞くと、「これはフリーです!」と明るく笑顔で返され、有難くいただく。そう、水分を取らないと一瞬で倒れてしまいそうだ。暑い。空場(Polymer)にはクーラーがないようで、冷風器のようなものがフル稼働しているが、風をおこすだけでまったく涼しくない。まさに暴力的な暑さ。

しばらくすると、若い女の子たち数名によるパフォーマンスが始まる。私は中国語を話せないので、何を叫んでいるのかはまったく謎だったが、後半取っ組み合いを始めて、さらに謎が深まる。言葉はわからずとも、感覚的に面白い。そして背面の壁には女性器が。



過激なパフォーマンスに注目度が高まるメディアアーティスト、Betty Appleは、この日は会場外からインターネットライブでパフォーマンス。タクシーに乗客を詰めて、二二八和平公園あたりを走る車内を空場(Polymer)の壁に投影。実際の現場とバーチャルな現場のギャップのような意味合いを含んでいるのだろうか?





生中継が終わりしばらくして、外のプロレスのリングに派手に戻ってきたBetty Apple。

そう、そしてそのあとはプロレスが行なわれていた。台湾にプロレスが存在していたことがまったく初耳だったが、会場に着いた時から、もう違和感というか訳がわからないイベントに来てしまった、と思わせたリングの存在。そこで、プロレスが行なわれる。しかしこういったごった煮感がまったく嫌味を出さずに、むしろ清々しく非常に好感が持てる。



アンダーグラウンドのカオティックなイベントの空気が充分に漂っていたが、来ている客層は様々で、おじさんおばさん、アナキズム思想に傾倒していそうな若者、そして芸術大学が文化系大学に通っていそうな人、そして私含む外国人もちらほら。台湾に来ると、この門戸の広さにいつも驚かされる。さらに、このイベントはきっちりと台湾の文化部から助成を受けているようだし、スポンサーにはEPSONも。

そのままぼーっとプロレスを眺めながら笑っていても良かったけれど、どうしても訪れたい、かつ、外国人にとってはちょっと行くことが困難な場所に行きたかったので途中で退散する。

かつて、師大路周辺にあったカフェ、ZABU
今は天母という、観光客にはまったく馴染みのない、MRT駅から遠く離れた場所に移転した。天母のロータリーの角に位置する店は、師大路に位置していたときと比べるとゆったりしている。店を外から見た瞬間から、話したことのないオーナーのオヤジの理想とする店づくりが明確に理解できた気がした。自由で、のんびりとしていて、マイペース。移転したZABUを外から見てすっかりうれしくなってしまい、写真のピントがブレた。


店の中に入ると、あらゆる台北で行なわれたイベントのポスターやフライヤーが掲示してあり、中にはひまわり学生運動にまつわるポスターも。流れていた音楽は硬派でシンプルなテクノ。この店の名物猫も、師大路の近くにあった店よりは何倍も大きくなったフロアを堂々と闊歩し、悠々と新しい生活を楽しんでいるように見えた。


そして台湾滞在最終日。この日は、waterfallとNOT TODAYという雑誌をインディペンデントに発行してきたshaubaと「Think」というカフェでまさに考えさせられるおしゃべりをし、そのままshaubaとTaipei Contemporary Art Center(移転前の場所のレポートはこちら:http://www.offshore-mcc.net/2011/08/taipei-contemporary-art-center.html)に行き、凄腕の女性キュレーターMeiyaと久々の再会。
shaubaの相変わらずの「とにかく本を作りたい」という姿勢とその美意識には感化されたし、(でもいつも彼女としゃべるときは、笑い話がメインで、お互いがお互いの言動に笑かされている。)Meiyaも相変わらずの強い精神でアートの本質を探り実験し発表し続けている。


移転したTaipei Contemporary Art Center、外から中が丸見えのガラス張りは変わらない。そしてフロアには仕切りがなく、アーカイブの棚、キッチン、事務用のデスクやテーブルが置かれている。日常と完全に切り離されたアートではなく、日々生きて人間が考えるという基本的な行為をそのままアートとして包み込んでくれるような、柔らかい空間は非常にリラックスできる場所だった。地下には展示やワークショップに使える空間もある。
リラックスしたついでに、shaubaとMeiyaと世間話やTCACのこれまでとこれからについて、わいわいとしゃべっていると、ニュージーランドからリサーチグループの来客があり、Meiyaが彼らにTCACについて説明しているのを傍で聞いていた。彼女は、「販売できるアートを販売して生計を成り立たせるアーティストもいるけれど、販売できないようなアートをやるアーティストもいる。お金を産み出せないアートも、存在するべきである。」といったような説明をしていて、Meiyaの力強さにハッとなる。


元々マーケットが小さいがゆえなのかもしれないが、台湾では、今回のレポートすべてで紹介したような作家、クリエイター達はたいていが顔見知りで、それぞれのグループを敬遠し合うこともなく、ゆるやかに結びついている。表現のジャンルや手法によって、グループが分け隔てられていくこともなく、どこかで結びついており、たまには共作したりもする。それぞれがそれぞれの考えや方法を尊重し合いながら、インディペンデントにやっている者同士としてお互いに支援し合うような姿勢は、いつも台湾で目の当たりにして大きな希望を感じる。

ひまわり学生運動の後も、台湾のそういった「柔軟な結びつき」のようなものは継続されており、むしろ、あの学生運動がその結びつきを強くしていたかもしれない。Meiyaがかつて私に言った、「アートは少人数の金持ちのコミュニティのためにあるものではない」という言葉を、再度噛みしめながら日本への帰路へとついた。