シンガポールの実験音楽家バニ・ハイカル氏インタビュー

2012年〜2013年頃にシンガポールのエクスペリメンタル・ロックバンドThe Observatoryのドラマーであったバニ・ハイカル(Bani Haykal)は、現在ソロの音楽家・アーティストとして活躍しつづけている。現在はドラム、ギター、ヴォーカルを主な楽器として用いており、ときたま現れる彼のリリックはダイレクトな風刺表現を含みながらも、シリアスにならずにユーモアに溢れている。今回はシンガポールで開催された実験音楽ショウケース『CHOPPA』の翌日にインタビューを行なった。どのアクトも演奏前と演奏後には拍手と歓声で多いに盛り上がっていたイベントだったが、ハイカルとイラによるパフォーマンスは強烈で、より大きな歓声で会場が包まれた。社会や政治、歴史について熟考しながら、それを表現のエッセンスとして加えていく彼のイントロダクションとして、ここにインタビューを掲載する。


※CHOPPA……2014年11月15日(土)にシンガポールArtistryで開催された、Darren Moore氏による実験音楽&パフォーマンスイベント。
https://www.facebook.com/events/1496806667263876/


──小さい頃からアーティストになりたかったの?

いや、思ってなかった。実際のところ、自分でもどうやってアーティストになったのか、よくわかってなくて。でも、小さい頃は絵を描くこと、本を読むことが大好きでした。たぶん創作の原体験は、自分で自分のオモチャをつくっていたこと。テレビを見ていて、テレビに面白そうなおもちゃが映ってた。それを買うお金がないから、自分で紙に絵を描いて、ハサミで切って、似たようなものを作ってましたね。少し大きくなると、ゲームも自分で自作してました。4人ぐらいで遊べるゲームを考えて、ルールを冊子にして。当時は音楽に特別な興味をもっていませんでしたが、自分の遊びは自分で作って育ってきましたね。

──自分でおもちゃを作っていた体験から、音楽を演奏するようになるまでの経緯は?

あるとき、父親がビデオカメラを買ってきました。そのビデオカメラを使って、兄弟や近所の友達とショートフィルムのようなものをつくって遊ぶようになりました。

──それは何歳ぐらいの頃?

12歳から13歳ぐらいの頃ですね。映像を作りはじめると、サウンドトラックも必要だと気づきました。父親が音楽家だったんです。父のCDを借りて、自分たちの遊びのショートフィルムのために録音しなおしたりして。かなりDIYな手法で遊んでましたね。

──父親の楽器は?

最初はトランペットでしたが、ギターに移行しました。ですが、父親は僕が14歳ぐらいのころに亡くなっています。

──では、そういうショートフィルムを作る過程で、音楽に目覚めていったと。

そうですね。兄も音楽を聴くことが好きで、兄はドラムに興味を持ち、僕はギターに興味を持って。それから自然な流れで、音楽演奏するようになりました。

──学生時代はどんな創作活動をしてましたか?大学は出ていないんですよね?

中学を卒業した後はポリテクニック(高等専門学校)に行って、ニューメディアデザインを学びました。ここでは、映像制作に集中していました。

──今は映像つくってる?

作りたいと思ったときしかやらないようになりましたね。最後に作ったのは、3年前ぐらい。とても短い、5~6分のフィルムです。

──今は、アーティストとして生きているんですよね。

そうです。生活の為の仕事を辞めて、アーティストとして生きて、4年になります。最近では、コンテンポラリーダンスへの楽曲提供や演奏もしています。自分がアーティスト活動を仕事としてできるようになったのは、The Substationでのアソシエイトアーティストプログラムへの参加がきっかけでした。2年間、The Substationで現場の企画運営をしていくアーティストとして様々な経験をさせてもらいました。その後、The Observatoryとして2年間活動しながら個人の活動も行ない、The Observatoryを脱退して、今に至ります。

※The Substation…… 90年代初頭に設立されたシンガポールのアートセンター。ギャラリーとシアター、スタジオ等がある。企画展、パフォーマンスアート、音楽ライブ、映画上映まで、様々なプログラムが日々開催される。ここでの展示やパフォーマンスには、実験的な表現や社会的なメッセージを含む表現が多く見られる。また、若いインディペンデント・アーティストによる企画も多い。
http://www.substation.org



──昨日の『CHOPPA』でのパフォーマンス、何を考えながらパフォーマンスしてた?

実は……、あれ、イベントに出ること自体、忘れてたんですよね。

──え?

イベントの2日前、木曜日のことでした。ここ(ハイカルが現在レジデンス滞在中のスタジオ)で小さい演奏会をしたんです。そのときに、昨日のCHOPPAに出演していたナタリーが来て、「土曜、何するの?」って聞かれたんです。「え?土曜って、何かあったっけ?」って聞いたら、「CHOPPAだよ」って言われて。あ!忘れてた!と思って……。で、どうしようか考えて、とりあえずイラを誘って、「一緒に何かパフォーマンスしよう」と言いました。イラはOHPで液体を使ったプロジェクションをしているので、一緒にやってもらおうと思って。でも、具体的に何をやるかは決まらなくて。

──まさしくインプロだったんですね。

そう。イラは「ボイスも使いたい」と言ったので、「OK、やろう」と。僕も声を使って、ドラムを叩くことにしました。ステージに行く直前に「マレー語を使ってみようかな」とイラに言いました。僕は普段マレー語はほとんど使わないんだけど、なんとなく。イラは「OK、じゃあマレー語で」と。どうなるか、本当にわからなかったけど、なんとかなりましたね。パフォーマンスの最中のマレー語は、「政府」を「親」に、「人々」を「子供」に、言い換えていました。お客さんで理解できた人がいるのかどうか、わかりませんが。

──あれはマレー語だったんですか。意味のない言葉を発していたのかと思っていました。

一部意味のない言葉もありましたが、基本的にはマレー語です。

──観客の一部が笑っていましたが、あの人たちはマレー語の意味が分かっていたんですね。

そうだと思います。ひとつ言ったフレーズを紹介すると、「首相を殺したいって人は誰ですか?」とか(笑)。

──(笑)

一応、ちゃんとストーリーがあったんですよ。でも、シンガポールではマレー語を理解できる人が少ないので。


バニ・ハイカル、イラによるCHOPPAでのパフォーマンスの一部

──マレー語だから出来たパフォーマンスだったんですね(笑)。楽器に関しては、今はドラムとギターがメインですか?

ドラムはThe Observatoryに参加したときから演奏し始めたので、2年。本当に経歴は短いです。元々はギターを弾いてましたから。

──どうしてドラムに興味を持ったんですか?

今までまったく触れたことがなかったということと、あとは、ドラムを持ってる人はみんなに重宝してもらえるんじゃないかなと(笑)。それと、ドラムは人と演奏することが多い楽器なので、自分にとっても、人との共同作業という点で良い経験になるかと。

──声も使いますよね。

はい。声をつかった表現もよくやりますね。

──自身のことをミュージシャンだと思いますか?アーティスト?

わかりません。

──そういうことは考えない?

考えないようにしてます。強いていうなら、自分は音を用いた表現をしている、っていうことでしょう。

──シンガポールのアートシーンについてはどう思いますか?様々な国を訪れているハイカルの視点で、何か感じることは?

いろんな国には行っていますが、それぞれの地での経験が足りないので、比べることは難しいですね。ただ、シンガポールは、多様なアーティストがいて、人種、習慣の違う人たちと出会うことができます。これは刺激になりますし、シンガポールアートの面白いところです。

──シンガポールに来たのは2回目ですが、どのアーティストも生き生きして、日本よりも創作活動を続けていきやすいのかな?と思いました。

いろんな視点から見ることができると思います。政府や基金からの芸術へのサポート体制がしっかりしているので、確かにシンガポールではいろんなことに挑戦できるかもしれません。ただ一方で、そういったサポートが手厚いからこそ、結果を出すことを要求されます。特に、ダンスカンパニーなどは大変そうですよ。



──今後の予定は?

来週、ザイ・クーニン氏とこのスタジオで一緒に演奏します。現在の滞在制作ではリサーチを行なってるんですが、まだまだ途中段階で、最後のプレゼンテーションの結論が見えていませんね。

──滞在制作の後は?

まだ何も決まってない(笑)。シアターカンパニーへの音楽制作は決まっていますが、それぐらいですね。仕事が来ることを祈ってます!

──海外渡航の予定は?

今のところ予定はないですが行きたいです。頻繁に移動することは、自分にとってすごく良い事なんです。自分のリサーチテーマを各地に持っていって、その地でもリサーチできるから。

──リサーチのテーマは?

一番新しいリサーチは、「Cultural Cold War」。冷戦時代の文化的なアクティビティを調査してます。ジャズ音楽がアメリカの「民主」を宣伝するプロパガンダに利用されていたことを調査して発表しました。そもそもジャズとは、自由で政治に抵抗する音楽であったけれど、冷戦時代にはアメリカ政府が政治的に利用します。そこに非常に興味を抱いて、様々な文献を読みましたね。今のシンガポールの状況にも重ね合わせたり。社会を文化でコントロールするメカニズムを分析したと言えるかもしれません。

──かなり政治的なリサーチですね。

以前は政治よりも社会の観点でリサーチすることが多かったのですが、そのときは確かに政治的でしたね。自分にとっては未開の領域でしたが面白いリサーチになりました。




ご存知のように、シンガポールは多民族国家で宗教、習慣の違いがあることが当然である。確かにハイカルの言うように、それが豊かな表現に繋がっている。そして、ハイカル、並びにThe Observatory周辺の音楽家やアーティストたちは、自分たちがいる環境を冷静に分析し、現代社会に対する問題提起も忘れない。